貴腐人の憂鬱――鬼上司と犬系後輩に、秘密を握られました――

資料を確認し、修正を入れ、会議室に向かう。

そこで榊課長と目が合った。

黒いスーツ。
無表情。
朝から一ミリの乱れもない。

昨日、雨粒を払った人と同じ人物とは思えない。

「藤代」

「はい」

「三ページ目のコピー、最終案に差し替えたか」

「はい。『午後へ戻る前に、ひと息だけ逃げ込める場所』で入れています」

「いい」

それだけだった。

仕事の会話。

上司と部下の会話。

なのに、私はその短い「いい」に、少しだけ息を止めてしまう。

やめよう。
心臓に過剰反応禁止令を出したい。