貴腐人の憂鬱――鬼上司と犬系後輩に、秘密を握られました――

会議室を出ると、大崎が私の隣に並んだ。

「相変わらず、榊課長は切れるねえ」

「はい。切れ味がよすぎて、まな板ごといかれそうです」

「でも藤代さん、けっこう平気そうだったよ」

「内臓は震えています」

「顔に出ないよね」

「社会人なので」

本当は、顔に出したら終わると思っているだけだ。

好きなものも、苦手なものも、傷ついたことも。
表に出した瞬間、誰かに踏まれるかもしれない。

昔、一度だけ踏まれたことがある。

まだ学生の頃、描いていた漫画を見られて、笑われた。
気持ち悪い、とまでは言われなかった。
でも、「こういうの好きなんだ? 意外」と笑われた。

その「意外」が、ずっと喉の奥に引っかかっている。

好きなものを知られると、相手の目が変わる。
それが怖い。

だから私は、会社ではただの藤代澄乃でいる。
真面目で、丁寧で、地味めで、空気を読みすぎる営業推進部のアシスタント。

貴腐人であることは、誰にも知られてはいけない。

絶対に。