貴腐人の憂鬱――鬼上司と犬系後輩に、秘密を握られました――

エントランスを出ると、雨の音が一気に近くなった。

榊課長の傘の中に入る。

近い。

肩が触れそうで、触れない。
けれど、雨を避けるためには一定の距離を保たなければならない。

これは業務。
これは駅までの移動。
これは資料確認を含む合理的な行動。

私は心の中で唱えた。

唱えたところで、榊課長の袖が雨に濡れていることに気づいてしまった。

傘が、こちら側に寄っている。

「課長、濡れてます」

「少しだ」

「傘、そちらに」

「いい」

「よくないです」

「入れたのは俺だ」

短い。

短いのに、なぜそういう言い方をするのか。

胸が、またおかしな動きをした。