貴腐人の憂鬱――鬼上司と犬系後輩に、秘密を握られました――

その夜、資料の修正は長引いた。

社内レビューの前倒しが決まり、榊課長、瀬名、真鍋、私で提案資料を詰めることになった。

会議室の外は、いつの間にか雨になっていた。

窓に水滴が流れている。
終業時間をとっくに過ぎ、部署の人もかなり減った。

「先輩、ここの言葉、少し硬いかも」

瀬名が私の隣に立ち、画面を指した。

距離が近い。

私は反射的に椅子を少し引いた。

瀬名の指が止まる。

一瞬だけ、彼の目が私を見た。

気づかれた。

「……先輩」

「はい」

「給湯室で何か聞きました?」

心臓が止まりそうになった。

なぜ分かるのか。
この後輩は、犬なのか狼なのか探偵なのか。

「聞いてません」

「嘘ですね」

「瀬名くん」

「距離、急に取るから」

声が低い。

私は画面を見たまま言った。

「仕事中です」

「それ、便利な言い方ですね」

胸が痛んだ。