貴腐人の憂鬱――鬼上司と犬系後輩に、秘密を握られました――

その日、私は自分から少し距離を取った。

瀬名が「先輩、資料見てもらっていいですか」と来た時も、共有フォルダにコメントを入れる形にした。
榊課長に呼ばれた時も、会議室ではなく自席で確認した。

誰かに見られていると思うと、体の動きがぎこちなくなる。

隠すのが、また始まった。

好きなものだけではない。
嬉しいことも。
近づきたい気持ちも。
誰かに見られた瞬間、傷つくかもしれないものになる。

夕方、真鍋が私の席に来た。

「藤代さん、昼導線の一枚、見てもらえますか」

「はい」

画面を覗くと、私の言葉が、デザインのラフになっていた。

入口二歩手前。
視線の共有点。
席種を伝える短いサイン。
昼のコピー案。

「すごい……」

思わず声が出た。

真鍋は淡々と言った。

「藤代さんの説明、絵にしやすいです」

「私の、ですか」

「はい。感覚だけじゃなくて、人の動きがあるので」

それは、真鍋なりの評価だった。

私は胸の奥が少し温かくなった。

「ありがとうございます」

「次の社内レビュー、藤代さんが説明した方がいいと思います」

「え」

「たぶん、その方が伝わります」

また、逃げ道が減った。

でも今度は、怖いだけではなかった。

私の言葉を、誰かが形にしてくれる。
そして、それを私自身が説明する。

そんなこと、以前の私なら考えもしなかった。