貴腐人の憂鬱――鬼上司と犬系後輩に、秘密を握られました――

そのまま自席へ戻ると、大崎がすぐにこちらを見た。

「藤代さん?」

「はい」

「顔、白いけど」

「大丈夫です」

「それ、大丈夫じゃない人の返事」

大崎の目は、いつも逃がしてくれない。

私は椅子に座り、パソコンの画面を見た。
そこには、リュミエールの提案資料。
私の作った感情導線。
真鍋のラフ。
瀬名の現場写真。
榊課長の赤字指示。

仕事は進んでいる。

ちゃんと、進んでいる。

なのに、胸の奥が冷えた。

「……私、浮かれてたんでしょうか」

小さく呟くと、大崎は少しだけ眉を上げた。

「何に?」

「自分が、案件に入れてもらって。意見を使ってもらって。そういうのが、嬉しくて」

「嬉しいのは悪くないでしょ」

「でも、周りからは違うふうに見えることもあるんだなって」

大崎は、少し黙った。

そして、声を落とした。

「噂?」

私は答えなかった。

答えなかったけれど、大崎は分かったようだった。

「会社ってさ、見えてるものだけで話ができちゃう場所だからね」

「はい」

「でも、見えてるものだけが全部じゃない」

私は画面を見つめた。

大崎は続けた。

「藤代さんがこの案件で役に立ってるの、私は見てるよ。真鍋さんも見てる。榊課長も、瀬名くんも。そこまで噂を気にしなくていい」

喉の奥が、少し熱くなった。

「……ありがとうございます」

「ただし」

大崎はにやりと笑った。

「距離感には気をつけな。榊課長も瀬名くんも、見た目が強いから」

「見た目が強い」

「強い男二人の間に藤代さんがいると、絵面が濃い」

「それは私の責任ではありません」

「でも巻き込まれてる」

「否定できません」

少し笑えた。

笑えたけれど、給湯室で聞いた言葉は、まだ胸の中に残っていた。