貴腐人の憂鬱――鬼上司と犬系後輩に、秘密を握られました――

午後の打ち合わせは、リュミエール本部の小さな会議室で行われた。

相手は、運営担当の三枝と、店舗オペレーション担当の若い男性。
榊課長が全体方針を説明し、瀬名が札幌店の視察結果を報告する流れだった。

私は末席に座り、ノートを開いた。

議事録ではない。
見るためのノートだ。

人がどこで頷くか。
どこで眉を寄せるか。
どの言葉に反応するか。

今まで無意識にやってきたことを、仕事としてやる。
それは、思ったよりも緊張する。

瀬名は、営業の場に立つと別人だった。

「札幌店は数字上の回転率は高いです。ただ、入口前で離脱しているお客様がいます。ここは店内カメラの導線データとも一致する可能性があります」

明るい声なのに、言葉がぶれない。

「こちらが現地写真です。入口から見える情報は、メニューと列だけです。席の種類が見えない。つまり、注文後の安心がないんです」

写真がモニターに映る。

私が見ていた「入口二歩手前」の迷い。
それを、瀬名は営業の言葉で相手に渡している。

三枝が腕を組んだ。

「でも、席種表示を増やすと、店頭がごちゃつきませんか? 駅ナカは視認性が大事なので」

一瞬、室内の空気が硬くなった。

私はノートにペンを置いたまま、頭の中で言葉を探した。

ごちゃつく。
そうだ。安心を増やそうとしすぎると、情報過多になる。
駅ナカでは、立ち止まらせすぎてもだめだ。

でも、どう言えばいいのか。

瀬名が、ちらりと私を見た。

その目は、助けを求めるものではなかった。
むしろ、私の言葉を引き出すための合図だった。

「藤代さん」

「はい」

「昨日話してくれた、入口の視線の共有点。あれ、説明してもらえますか」

突然、私に場が渡された。

心臓が跳ねる。

でも、瀬名はその前に、さらりと補足を入れた。

「三枝さんの懸念、俺も同じです。なので、表示を増やすというより、迷う場所にだけ置く案です。藤代さんが、そこを整理してくれていて」

助けられた。

私が話し出す前に、瀬名が道を作ってくれた。
相手の懸念を受け止め、私の言葉が浮かないように地面を整えてくれた。

私は息を吸った。