貴腐人の憂鬱――鬼上司と犬系後輩に、秘密を握られました――

それから10日間、リュミエール案件は目に見えて進んだ。

瀬名からは毎日のように写真とヒアリングメモが届いた。
真鍋は昼導線のラフを起こし、大崎は社内レビュー用の資料進行を整えてくれた。
私は感情導線シートを、朝、昼、夜それぞれの提案ページに分けた。

朝。「迷わず、早く、整う」

昼。「居場所が見えて、少し逃げられる」

夜。「帰る前に、ほどける」

だんだん、言葉が企画になっていく。

怖さは消えなかった。
でも、前より少しだけ、怖さの奥に楽しさがあった。

そして、瀬名が戻ってきたのは、火曜の朝だった。

「ただいま戻りましたー!」

部署の入口から、明るい声が響いた。

空気がぱっと変わる。

瀬名陸、帰還。

キャリーケースを引き、片手に紙袋をいくつも提げ、いつもの人懐っこい笑顔を装備している。
大型犬が雪国から帰ってきた。
しかもお土産付きで。

「皆さん、お土産です。甘いのと、甘くないの両方あります」

「瀬名くん、おかえり」

「先輩!」

瀬名は私の席にまっすぐ来た。

「ただいまです。先輩、俺の写真、めちゃくちゃ使ってくれましたよね」

「助かりました。撮り方、すごく分かりやすかった」

「本当ですか?」

「うん。人の迷いが見える写真だった」

瀬名は、一瞬だけ目を丸くした。

それから、子どもみたいに笑った。

「うわ。先輩にそう言われるの、嬉しいです」

やめてほしい。

出張帰りの爽やかな笑顔でそういうことを言うのは、禁止にしてほしい。
社内規定に追加してほしい。
第八条、後輩は先輩の心拍数を不必要に上げてはならない。