貴腐人の憂鬱――鬼上司と犬系後輩に、秘密を握られました――

「瀬名、移動は?」と榊課長が声をかけた。

「午後の便です。今日の夕方には向こうに入ります」

「札幌の店舗視察、甘く見るな」

「はい。写真とヒアリング、ちゃんと取ってきます」

「戻りは再来週の火曜」

「予定通りです」

瀬名が軽く敬礼した。

「行ってきます、先輩」

「気をつけてね」

「お土産、何がいいですか?」

「最近ハードスケジュールでしょ? 無事に帰ってきてくれれば」

「うわ、優しい。そういうところですよ、先輩」

「どういうところ?」

聞き返すと、瀬名はにこっと笑った。

「人のこと、ちゃんと見てるところ」

その言葉に、一瞬だけ指が止まった。

ちゃんと見ている。
私はそんなふうに言われると、少し困る。

見ているのは本当だ。
人の声の温度。視線の逃げ方。笑う前の息の吸い方。
誰が誰にだけ遠慮して、誰が誰にだけ甘えるのか。

そういうものを、私は無意識に拾ってしまう。

でも、それは仕事の能力というより、私の秘密に近い。
もっと言えば、私が必死に隠している趣味の副産物だ。