貴腐人の憂鬱――鬼上司と犬系後輩に、秘密を握られました――

《榊視点》

榊玲司は、帰り際の会議室で、藤代が残した感情導線シートをもう一度開いた。

朝、昼、夜。

言葉はまだ粗い。
資料としては整えきれていない。
だが、視点がある。

人がどこで迷うか。
どこで安心するか。
どんな一言なら、足が前に出るか。

藤代は、それを見ている。

昨日、公園で見たネームを思い出す。

本人は死にそうな顔をしていた。
今にもiPadごと地面に埋まりそうだった。

だが、画面の中にあったものは、軽く笑えるようなものではなかった。

視線の置き方。
沈黙の間。
近づかない距離に宿る熱。

好きで見てきた人間にしか描けないものがあった。

それを本人は、弱みだと思っている。

「面倒だな」

榊は小さく呟いた。

誰に向けた言葉かは、自分でも分からなかった。

藤代の才能を引き出すことか。
彼女がすぐ逃げようとすることか。
それとも、熱いコーヒーを笑われた時に、思ったより嫌ではなかった自分自身か。

榊は画面を閉じた。

明日、瀬名から写真が届く。
藤代はきっと、また細かいところまで拾うだろう。

その時、彼女が自分の好きなものを、少しでも恥じずに使えるなら。

この案件は、もっと面白くなる。