貴腐人の憂鬱――鬼上司と犬系後輩に、秘密を握られました――

私はキーボードを叩き、差し替えの表を整えた。
駅ナカカフェチェーン「リュミエール」のリブランディング企画。最近、若い層の利用が伸び悩んでいるらしく、店舗デザイン、販促コピー、メニュー導線まで含めて見直す、営業推進部にとって今期一番の大型案件だ。

「先輩、おはようございます」

明るい声が、朝の張り詰めた空気をやわらかくした。

瀬名陸くん。二十七歳。営業担当。
人懐っこい笑顔と、距離感の近い敬語を標準装備した、部署の大型犬系後輩である。

今日も彼は、入口からまっすぐ私の席にやってきて、両手を合わせた。

「先輩、昨日お願いした出張用の資料、助かりました。めちゃくちゃ見やすかったです」

「よかった。現地で使う分、印刷もしてあります」

「神ですか?」

「人です」

「俺にとっては神です」

こういうことを、息をするように言う。

瀬名が笑うと、周囲の女子社員の視線がふわっと動く。
さっきまで榊課長を見ていた人たちが、今度は瀬名を見ている。

無理もない。

榊課長が冷たい猫なら、瀬名は晴れた日の犬だ。
しかも仕事ができる犬。営業成績は安定して高く、取引先からの評判もいい。かわいいだけではなく、現場に出るとかなり切れる。

女子社員たちは、榊課長と瀬名が同じ空間にいるだけで、どこか華やいだ顔をする。

私はというと、差し替え表の数字を確認していた。

人は人。
仕事は仕事。