貴腐人の憂鬱――鬼上司と犬系後輩に、秘密を握られました――

席につくと、榊課長はホットコーヒーを持ち上げた。

そして、一口飲もうとして――止まった。

ごく短い沈黙。

次の瞬間、眉間にわずかな皺が寄った。

「……熱い」

小さな声だった。

私は聞いてしまった。

聞いてしまったので、見てしまった。

榊課長が、紙カップを少し離している。
表情は無表情に近い。
けれど、明らかに警戒している。

ホットコーヒーに。

私は必死に口元を押さえた。

だめ。
笑ってはいけない。
上司である。
プロジェクト責任者である。
鬼課長である。

でも鬼課長が、熱いコーヒーに負けている。

「藤代」

「はい」

「笑うな」

「笑っていません」

「目が笑っている」

「目は正直なので」

「直せ」

「無理です」

言ってしまった。

また言ってしまった。

私は慌ててアイスラテを飲んだ。
冷たい。ありがたい。文明の勝利。