貴腐人の憂鬱――鬼上司と犬系後輩に、秘密を握られました――

昔、笑われた時のことを思い出した。

『こういうの好きなんだ? 意外』

軽い言葉だった。
相手に悪意はなかったのかもしれない。
でも、その日から私は、好きなものを人の目から遠ざけた。

好きなものは、隠すもの。
見られたら終わるもの。
知られたら、目が変わるもの。

そう思ってきた。

なのにこの人は、私の目の前で、その前提を平然とひっくり返そうとしている。

「ただし」

榊課長が言った。

私は反射的に身構えた。

ただし。
やっぱり来た。
この世でもっとも不穏な接続詞。

「会議資料に漫画絵を貼るな」

「貼りません!」

「ならいい」

「貼ると思われていたんですか?」

「念のためだ」

「念のための方向性がひどいです」

思わず言い返してしまった。

しまった、と思った時には遅かった。

しかし榊課長は怒らなかった。
むしろ、口元がほんのわずかに動いた。

笑った。

たぶん。
おそらく。
冷蔵庫の扉が二ミリ開いたくらいには。

「昼、時間はあるか」

「え?」

「リュミエールの近隣店舗を見に行く。今日は視察ではなく、客として見るだけだ」

「昼休みに、ですか」

「会社から近い。二十分で戻れる」

「二人でですか?」

「そうだ」

やめてください。

真顔で言わないでください。

新しいネタが出てきそうな予感に、心の中の何かが、勝手にペンを握り始める。