貴腐人の憂鬱――鬼上司と犬系後輩に、秘密を握られました――

「今回の提案にも同じことが要る」

「同じこと……」

「客が店に入るまでの気持ち。注文する時の迷い。席についた瞬間の安心。出る時に残る印象。それを順番に置く」

漫画のコマ割りみたいに。

そう言いかけて、私は口を閉じた。

榊課長は、たぶんそれに気づいていた。

「仕事の形に直せばいい」

「……私の好きなものを、ですか」

「そうだ」

「それは、ずるくないですか」

榊課長がわずかに眉を動かした。

「ずるい?」

「好きで見てきたものを仕事に使うなんて、そんな、都合がよすぎる気がします」

言ってから、胸が少し痛んだ。

本当は、都合がいいと思いたいのかもしれない。

好きなものが、弱みではなくなるなら。
隠してきたものが、役に立つなら。
私は少しだけ、救われるかもしれない。

でも、救われてしまうのも怖い。

榊課長は短く息を吐いた。

「好きで積んだものは、ただの遊びじゃない」

私は顔を上げた。

「仕事にしか使えない経験だけが、経験じゃない。見てきた量は嘘をつかない」

その言葉に、喉の奥が詰まった。