貴腐人の憂鬱――鬼上司と犬系後輩に、秘密を握られました――

でも、うれしい、より先に怖かった。

自分では隠していたつもりのものを、見抜かれている。
しかも、仕事の能力として名前をつけられている。

「藤代」

「はい」

「昨日の資料で、気になった点は」

急に投げられた。

私は反射的に背筋を伸ばした。

「ええと……アンケートの自由回答です」

「続けろ」

「若年層の利用が少ない、という課題に対して、メニューや価格の不満よりも、『入りづらい』という言葉が何度か出ていました。ただ、理由がはっきり書かれていなくて」

モニターの資料を見ながら、私は言葉を探した。

「店舗写真を見ると、リュミエールは落ち着いた色味で、高級感があります。既存のお客様には安心感があると思います。でも、初めて入る人には少し完成されすぎて見えるというか……自分がそこに入っていいのか、迷うのかもしれません」

会議室が静かになった。

私は慌てて付け加えた。

「すみません、印象論です」

「印象論でいい」

榊課長が言った。

「続けてくれ」

「……朝は、急いでいる人が多いので、迷わせない導線が大事だと思います。でも夜は、迷わせないだけだと冷たい気がします。帰る前に一息つくなら、少しだけ迎え入れられる感じがほしいというか」

「迎え入れられる感じ?」

真鍋が聞き返した。

「はい。たとえば、照明やコピーの言葉が、朝と夜で同じだと、たぶん感情に合わないです。朝は『早く、ちゃんと』が欲しいけど、夜は『少し休んでいい』が欲しい人がいるんじゃないかと」

言ったあとで、私は自分の発言に内心で頭を抱えた。

何を言っているんだろう。
「少し休んでいい」って。
急に詩人か。
会議室でポエムを読む三十二歳になってしまった。

けれど、榊課長はモニターから目を離さずに言った。

「悪くない」

その一言で、私の心臓はまた変な動きをした。

悪くない。

昨夜も会議室で、そう言われた。
たったそれだけなのに、私の中では高級毛布くらいの保温力がある。