貴腐人の憂鬱――鬼上司と犬系後輩に、秘密を握られました――

モニターに、駅ナカカフェチェーン「リュミエール」のロゴが映る。

「リュミエールは首都圏を中心に三十二店舗。主力は駅構内と駅直結ビル。強みは立地と回転率。課題は、利用者層の固定化と、若年層の流入減だ」

資料のページが切り替わる。

朝の来店数。
昼のテイクアウト比率。
夜の客単価。
年代別アンケート。

数字は整っている。
けれど、整っているからこそ、どこか寂しい。

「今回のリブランディングでは、店舗デザイン、販促コピー、メニュー導線、アプリ施策まで提案範囲に入る。うちは初回プレゼンで、ブランドコンセプトと利用シーン別の体験設計を出す」

体験設計。

私はノートの端に、その言葉を書いた。

榊課長は続ける。

「駅ナカのカフェは、滞在時間が短い。だが、短いから体験が薄いわけではない。三分でも印象は残る。むしろ、短い時間で何を感じさせるかが勝負だ」

三分。

朝、改札を抜ける前の三分。
昼、仕事の合間に逃げ込む三分。
夜、帰る前に息をつく三分。

私は昨夜、自分のノートに書いたメモを思い出した。

朝。
昼。
夜。
ひとり。
ふたり。
仕事前。
帰宅前。

感情の流れを、コマのように並べる。

「瀬名が出張中の間、現地情報を札幌から随時上げてもらう。だが、資料整理と会議設計に穴が出る。そこで藤代に入ってもらう」

榊課長の言葉に、全員の視線がこちらへ向いた。

やめてください。
集団で見るのはやめてください。
私は観察する側で生きてきた人間です。
見られると心拍数が上がります。

「藤代さんが?」

営業担当の一人が、少し驚いたように言った。

当然の反応だ。
私も同じことを言いたい。

藤代さんが?
本当に?
正気ですか、榊課長?

榊課長は表情を変えずに答えた。

「資料把握が早い。議事録の論点整理もいい。発言の表面ではなく、意図を拾える」

私は息を止めた。

褒められている。

これは、昨日の公園での「必要だからだ」という言葉の続きだ。

「今回必要なのは、数字を並べることだけじゃない。客がどういう気分で店に入り、どういう気分で出るか。その流れを組むことだ。藤代はそこを見るのに向いている」

向いている。

その言葉が、胸の奥に落ちた。