貴腐人の憂鬱――鬼上司と犬系後輩に、秘密を握られました――

会社に戻ると、昼休みの終わりを告げるように、部署の電話が鳴っていた。

私は自席に戻り、瀬名の出張用資料をまとめた。
紙の資料、現地確認リスト、店舗別の売上推移、ヒアリング項目。
ファイルをクリップで留め、封筒に入れる。

「先輩」

瀬名が、キャリーケースを引いてやってきた。

「そろそろ出ます」

「これ、資料一式。現地で追加が出たら、チャットに入れてね」

「ありがとうございます。……あれ、先輩、顔赤いですか?」

「赤くないです」

「そうですか?」

「赤くないです」

「二回言うと怪しいですよ」

「瀬名くん、飛行機に遅れるよ」

「はーい」

瀬名は笑って、封筒を受け取った。
その笑顔はいつもの犬系だったけれど、去り際にふと、私の顔を覗き込んだ。

「何かあったら、俺に連絡してくださいね」

「うん。ありがとう」

「先輩、無理するから」

「しないよ」

「してます」

言い切られた。

瀬名は、少しだけ声を落とした。

「ちゃんと見てますから」

その言葉に、また胸が変な動きをした。

今日はいったい何なのだ。
人に見られすぎではないか。
私は観察する側でいたい。見られる側は落ち着かない。

「行ってきます」

「行ってらっしゃい」

瀬名が部署を出ると、女子社員たちが小さく手を振った。
彼はそれに笑顔で応えて、エレベーターに乗った。