貴腐人の憂鬱――鬼上司と犬系後輩に、秘密を握られました――

公園のベンチ。
古い桜の木。
しらたまは、今日は自動販売機の横で丸くなっている。

以前の私は、この場所でひとりだった。

会社から少し離れて。
誰にも見られないように周囲を確認して。
iPadを抱え込み、好きなものを隠しながら描いていた。

秘密を抱えて一人だった昼休み。

それが今は、少し違う。

私はiPadを閉じなかった。

榊が、画面を覗き込むこともなかった。

ただ、隣でアイスラテを飲んでいる。

「新しいネームか」

「はい」

「見せろとは言わない」

「……いつか、少しだけなら」

榊が、私を見た。

「待つ」

私は画面に指を置いた。

「もう、現実の人をそのまま描くのはやめました」

「そうか」

「でも、好きなものは描きます」

「そうしろ」

「榊さん」

「何だ」

「私、貴腐人であることは、たぶんやめません」

榊は、少しだけ目を細めた。

「やめる必要があるのか」

「ありません」

答えた瞬間、胸の中がすっと軽くなった。

ありません。

そうだ。

ない。

私は好きなものを、消さなくていい。

「でも、もう憂鬱の理由にはしません」

言葉にすると、風が少しだけやわらかく感じた。

「私が人を見て、仕事で言葉にして、恋を選ぶための一部です」