貴腐人の憂鬱――鬼上司と犬系後輩に、秘密を握られました――

「……課長は、変です」

「よく言われる」

「言われるんですか」

「主に大崎に」

思わず笑ってしまった。

榊課長の口元が、ほんのわずかに動いた気がした。
笑ったのかどうかは分からない。
でも、冷蔵庫の扉が一ミリ開いたくらいの変化はあった。

その一ミリで、なぜか胸が跳ねた。

困る。

上司のギャップは、用法用量を守って正しく摂取しないと危険だ。

「午後、瀬名に資料を渡したら、俺のところへ来い」

「はい」

「プロジェクトの共有フォルダを開けるようにしておく」

「……分かりました」

返事をしてしまった。

してしまった、という表現が正しい。

榊課長は踵を返し、自動販売機の方へ戻った。
途中、しらたまが足元に寄っていく。

「だから、何も持っていない」

低い声がまたやわらかくなった。

私はその背中を見ながら、頭を抱えたくなった。

秘密を知られた。
でも、笑われなかった。
それどころか、大型案件に呼ばれた。

これは何だ。
弱みを握られたのか。
評価されたのか。
それとも、どちらもなのか。

分からない。

分からないけれど、ひとつだけ確かなことがある。

私の聖域は、もう完全には安全ではない。