貴腐人の憂鬱――鬼上司と犬系後輩に、秘密を握られました――

瀬名は、現場根拠をさらに拾ってきた。

「先輩、横浜中央店の店長さんに聞いたんですけど、昼の一人客って、空いてる席を探してる顔がすごく分かりやすいらしいです」

「顔」

「はい。店長さんいわく、席が見えた瞬間、肩がちょっと下がるって」

私は資料にメモを取った。

「それ、使えます。安心した瞬間が現場側にも見えているってことなので」

「ですよね」

瀬名は、明るく笑った。

その笑顔は、以前と同じ大型犬のようで、少しだけ違った。

無理に近づきすぎない。
でも、遠ざかりすぎもしない。

ちゃんと、彼自身の場所に戻っている。

「先輩」

「はい」

「俺、もう逃げないでくださいって言いすぎないようにします」

「それは助かります」

「でも、逃げたら言います」

「結局」

「俺、そこは譲れないんで」

彼は少しだけ声を低くした。

でも、すぐにいつもの調子へ戻る。

「あと、課長が先輩の資料を見て頷きすぎる時は、俺が咳払いします」

「やめてください」

「バレますよ」

「何がですか」

「いろいろ」

瀬名の笑顔が、非常に危険だった。

「瀬名くん」

「はい」

「明るく茶化せる位置に戻るの、早くないですか」

「俺、優秀なので」

「そこを自分で言う」

「先輩が落ち込むより、俺が調子に乗る方がいいでしょ」

胸が、少し痛くて、少し温かくなった。

「……ありがとう」

「お礼は受け取ります」

「はい」

「でも、俺のこと大事にしすぎて変に気を遣うのは禁止です」

「難しい注文ですね」

「先輩ならできます」

まっすぐ言われて、私は小さく笑った。

瀬名は、ちゃんと大人だった。

私はそのことに、救われた。