貴腐人の憂鬱――鬼上司と犬系後輩に、秘密を握られました――

いや、待って。
救われている場合ではない。
この人、今、私の趣味を仕事に接続しようとしている。怖い。上司として有能すぎる。怖い。

「む、無理です」

「まだ何もしていない」

「だから無理です。企画会議なんて、私には」

「明日の十時、第一会議室」

「課長、人の話を」

「聞いている。無理だという話は聞いた」

「では」

「無理かどうかは、やってから判断しろ」

鬼。

やっぱり鬼。

ただし、さっき猫に話しかけていた鬼。
塩分を気にする鬼。
情報量が多い。

「失敗したら、どうするんですか」

「俺が責任を取る」

「え」

榊課長は、何でもないことのように言った。

「お前を入れると決めたのは俺だ。責任は俺にある」

「でも」

「ただし、手は抜くな」

「……それは、もちろんです」

手を抜くことは、できない。
私はそういう性格だ。

だから余計に怖い。
自分が本気を出したものを、笑われるのが怖い。

榊課長は、私の顔をしばらく見ていた。
その視線は鋭かったけれど、会議中とは少し違っていた。

「藤代」

「はい」

「お前が何を好きでも、仕事の評価とは関係ない」

心臓の奥を、何かで軽く突かれた気がした。

「……はい」

「だが、使えるものなら使え」

「何をですか」

「好きで見てきたものを」

風が吹いた。

好きで見てきたもの。

隠してきたもの。
誰にも知られたくなかったもの。
笑われたくなくて、ずっとバッグの奥にしまってきたもの。

それを、使えと。

そんなことを言われるとは思わなかった。