貴腐人の憂鬱――鬼上司と犬系後輩に、秘密を握られました――

「藤代」

急に名字に戻った。

「はい」

「仕事では、線を引く」

その声は、また榊課長のものだった。

でも、冷たくはなかった。

「君の評価は、これまで通り仕事で決める。甘やかさない。特別扱いもしない」

「はい」

「ただし、不利にもさせない。必要なら大崎に間に入ってもらう。部長への報告も、案件の区切りを見て俺がする」

大人だ。

榊は、ちゃんと大人の恋をしようとしている。

「私も、仕事で甘やかされたいわけではありません」

「知っている」

「でも」

「何だ」

「たまに褒めてください」

言ってから、私は自分で固まった。

何を要求しているのだ。
昼休みの公園で、告白の直後に、上司へ褒め要求。
社会人としての欲が露骨すぎる。

榊は、少しだけ目を細めた。

「悪くない」

「今それを褒めに使うんですか」

「便利だ」

「便利にしないでください」

榊の口元が、一ミリ動いた。

笑った。

私は胸の奥がやわらかくなるのを感じた。

公園のベンチ。
秘密の聖域。
発掘現場。
仕事の始まり。
恋に気づく場所。

そして今、好きな人と向き合った場所。

意味が、変わった。