貴腐人の憂鬱――鬼上司と犬系後輩に、秘密を握られました――

榊は、息を止めたように見えた。

それから、ゆっくり立ち上がった。

私も反射的に立つ。

向かい合う。

ベンチの間の距離が、さっきよりずっと短く見えた。

榊は、手を伸ばしかけて、止めた。

「触れていいか」

その一言に、心臓が変な音を立てた。

真面目。

あまりにも真面目。

でも、だからこそ、胸が痛いくらい甘くなる。

「……はい」

私が頷くと、榊の手が、そっと私の手に触れた。

指先が重なる。

熱い。

缶コーヒーより熱いのではないだろうか。
いや、私は缶コーヒーではない。
何を考えているんだ、藤代澄乃。

榊は、少しだけ私を引き寄せた。

強く抱きしめるのではなく、逃げられる隙間を残すように。

でも、私は逃げなかった。