貴腐人の憂鬱――鬼上司と犬系後輩に、秘密を握られました――

私は、榊を見た。

仕事で冷静な人。
猫への声がやわらかい人。
甘党で、猫舌で、熱いコーヒーに警戒する人。
私の秘密を笑わなかった人。
私の好きなものを、仕事の言葉に変えてくれた人。

そして、距離を取られて初めて、どれだけ近くにいたかったか分かった人。

「私」

声が震えた。

「見るだけは、もうやめます」

榊の目が、静かに揺れた。

「他人の恋を見ているのは好きです。たぶん一生好きです。視線ひとつ、沈黙ひとつで勝手に胸を撃ち抜かれる性質は、治らないと思います」

「治す必要はない」

短い声。

それだけで、喉の奥が詰まる。

「でも、自分の恋から逃げるために、他人の物語だけを見るのはやめます」

私は、膝の上の手を開いた。

「榊さんが好きです」

言えた。

今度は、さっきよりもはっきり。

「上司として尊敬しています。でも、それだけじゃありません。榊玲司さんが好きです」