貴腐人の憂鬱――鬼上司と犬系後輩に、秘密を握られました――

しらたまが、ベンチの下で尻尾を揺らした。

猫は本当にすごい。
人間の重めの告白にも、尻尾ひとつで対応する。

榊は、しばらく黙っていた。

それから、低く言った。

「君を案件に入れた理由を、ちゃんと話していなかった」

私は顔を上げた。

「公園で、君のネームを見たからだけじゃない」

「……え」

「その前から、君の議事録は見ていた。会議の論点整理も、資料の差し替えも、相手が言わなかった懸念を拾うところも」

心臓が、少しずつ速くなる。

「リュミエールの案件は、数字だけでは足りなかった。客がどこで迷い、どこで安心し、なぜ戻ってくるのか。それを見られる人間が必要だった」

榊は、私の目をまっすぐ見た。

「君が必要だった」

喉の奥が熱くなった。

君が必要だった。

それは、仕事の言葉だ。
でも、私にとっては、ずっと欲しかった言葉でもあった。

「公園でネームを見て、確信した。君は感情を点で見ていない。流れで見ている。近づきたいのに近づけない距離も、言葉にしない信頼も、相手が安心する瞬間も、順番に置ける」

「分析しないでください……」

小さく言うと、榊の口元がほんの少し動いた。

「恥ずかしいか」

「かなり」

「だろうな」

「分かっているなら、もう少し手加減を」

「しない」

「鬼」

「よく言われる」

そのやり取りに、少しだけ笑えた。

笑えたことに、泣きそうになった。