貴腐人の憂鬱――鬼上司と犬系後輩に、秘密を握られました――

《榊視点》

その夜、榊玲司は会議室にひとり残っていた。

藤代の資料は開いたままになっている。

『三分だけ、あなたの味方になる。』

彼女の言葉だ。

怖がりながら、それでも前に出した言葉。

今日、俺はそれを評価した。

必要な仕事として。
責任者として。

それは正しい。

だが、正しさだけでは足りなかった。

夜の公園で、瀬名の手が藤代の手首に触れていた。
その光景を見た瞬間、腹の底に生まれたものを、俺はもう誤魔化せない。

嫉妬だった。

そして、嫉妬した自分から逃げるために、距離を取った。

上司だから。
責任者だから。
彼女を噂から守るためだから。

言い訳はいくらでもあった。

だが、その沈黙で藤代が傷ついたなら、守ったことにはならない。

「課長」

扉の前に、瀬名が立っていた。

「藤代は帰ったか」

「はい」

瀬名は一歩入ってきた。

「俺、振られました」

俺は無言で彼を見た。

「ちゃんと。先輩の言葉で」

瀬名は笑っていなかった。

「だから、課長も黙ってないでください」

胸の奥に、鈍い痛みが走った。

「立場を理由にするのは分かります。でも、先輩はもう、守られるだけの人じゃないです」

瀬名の声は静かだった。

「仕事で認めるだけなら、誰でもできます。でも、課長にしかできないこと、まだあるんじゃないですか」

俺は、画面の中の言葉を見た。

三分だけ、あなたの味方になる。

藤代は、自分の好きなものを仕事に変えた。
怖がりながら、それでも前に出た。

なら、こちらも逃げるわけにはいかない。

俺はパソコンを閉じた。

「分かっている」

短く答えると、瀬名は少しだけ笑った。

「ならいいです」