貴腐人の憂鬱――鬼上司と犬系後輩に、秘密を握られました――

瀬名は、少しだけ息を吐いた。

「俺、告白をなかったことにはできません。でも、それで先輩を困らせたいわけじゃないです」

夜の公園。
彼の告白。
私の手首に触れた指。
そして、それを見た榊課長。

「すみません」

「謝らないでください」

声が少し低くなった。

「先輩が俺を好きじゃないことより、先輩が自分の気持ちを隠す方がきついです」

私は顔を上げた。

瀬名は、まっすぐ私を見ていた。

「俺は先輩が好きです。でも、先輩の顔を見れば分かります」

言わないで。

そう思った。
でも、同時に、言ってほしいとも思った。

自分ではまだ触れられない場所に、誰かの言葉が必要だった。

「先輩が見てるのは、俺じゃない」

胸の奥が、ぎゅっと痛んだ。

「瀬名くん」

「悔しいですけどね」

彼は笑った。
いつもの犬系ではない。
少し大人の、少し苦い笑顔だった。

「でも、逃げないでください。俺への返事も、課長への気持ちも、仕事の言葉も。全部、なかったことにしないでください」

私は、膝の上で手を握った。

榊課長。
上司。
秘密を知っても笑わなかった人。
私の好きなものを仕事に変えてくれた人。
熱いコーヒーに負ける人。
猫にだけ声がやわらかい人。
距離を取られて初めて、その距離が苦しいと分かった人。

認めることは、恥ずかしい。
怖い。

でも。

瀬名は、少しだけ笑った。

「次の社内レビュー、先輩が説明してください」

「え」

「コピー展開の核、先輩の言葉です。先輩が出すべきです」

「でも」

「真鍋さんも同じこと言ってました。大崎さんも、たぶん首根っこ掴む準備してます」

想像できてしまった。

大崎さん、物理的ではなく精神的に掴む係。

私は、少しだけ笑った。