貴腐人の憂鬱――鬼上司と犬系後輩に、秘密を握られました――

「……仕事のことです」

「仕事の顔じゃない」

「では、何の顔ですか」

大崎は少し黙ってから、あっさり言った。

「好きな人に避けられてる顔」

空気が、止まった。

私は息を吸い損ねた。

好きな人。

その単語は、これまで私の中で、誰かを眺めるためのものだった。
物語の中で、二人の関係性を読み取るための言葉だった。
自分の胸に置くものではなかった。

「違います」

声が小さくなった。

「違わない顔してる」

「大崎さん」

「他人のことには鋭いのに、自分のことには鈍いのね」

決め台詞みたいに、まっすぐ来た。

私は何も言えなかった。

自分のこと。

榊課長が距離を取った。
それが、つらい。

ただ、それだけのことを認めるのに、どうしてこんなに時間がかかるのだろう。