貴腐人の憂鬱――鬼上司と犬系後輩に、秘密を握られました――

「藤代さん」

隣から大崎が小さく声をかけてきた。

「はい」

「その顔、資料の修正じゃないでしょ」

「資料の修正です」

「じゃあなんで、コピー案を見ながら失恋した文豪みたいな顔してるの」

失恋した文豪。

表現が強い。

「まだ失恋していません」

言ってから、私は固まった。

まだ。

今、私は何を基準に、まだと言ったのか。

大崎の目が、きらりと光った。

「へえ」

「今のは言葉の綾です」

「便利ね、言葉の綾」

「社会人の防具です」

「その防具、穴空いてるよ」

痛い。

私は画面に向き直った。
しかし、大崎は逃がしてくれなかった。

「誰のことでそんな顔してるの」

心臓が、変な音を立てた。

誰のこと。

その問いが、胸の真ん中に刺さった。