貴腐人の憂鬱――鬼上司と犬系後輩に、秘密を握られました――

翌朝、会社に着くと、榊課長からチャットが届いていた。

〈本提案のコピー展開は、藤代と真鍋で先に進めろ〉

仕事の指示。

普通の指示。

続けて、もう一文。

〈確認は瀬名経由でいい〉

私は画面を見つめた。

確認は瀬名経由。

つまり、榊課長は直接見るつもりがない。

少なくとも、今日のところは。

胸の奥が、すっと冷えた。

昨日まで、近すぎて困っていた距離が。

今朝は、急に遠い。

榊課長が自席へ向かって歩いてきた。

手には、紙カップのホットコーヒー。

私は反射的に口を開きかけた。

熱いんですか。

過去の経験から判断してますか。

いつものやり取りが、喉元まで来た。

でも、榊課長は私の席の横を通り過ぎた。

一度も足を止めずに。

「おはようございます」

私が言うと、榊課長は前を向いたまま答えた。

「おはよう」

短い。

ただの挨拶。

上司と部下として、何も間違っていない距離。

なのに、私はその正しさに、少しだけ傷ついた。