貴腐人の憂鬱――鬼上司と犬系後輩に、秘密を握られました――

その時だった。

公園の入口の方から、小さな物音がした。

反射的に顔を上げる。

街灯の下に、黒いスーツの人影があった。

榊課長だった。

手にはスマホ。
電話を終えたのだろう。

その足元に、白い影が寄っている。

しらたま。

いた。
猫、いた。

この猫はどうして、重要な場面にだけ現れるのか。

榊課長の視線が、私と瀬名に向けられていた。

私の手首に触れた、瀬名の手。
近い距離。
夜の公園。

説明に困る要素が、満点で並んでいる。

瀬名が、静かに手を離した。

榊課長は、表情を変えなかった。

いつもの無表情。

けれど、目だけが少し違った。

冷たいのではない。

遠い。

そう思った瞬間、胸が痛んだ。

「課長」

瀬名が先に声をかけた。

「電話、終わったんですか」

「ああ」

短い返事。

榊課長の視線が、私に移る。

「藤代」

「はい」

「遅くなる。帰れ」

それだけだった。

榊課長は、それ以上何も言わず、そのまま駅とは反対方向へ歩いていく。

黒い背中が、夜の中に遠ざかる。

私はその背中を見ていた。