貴腐人の憂鬱――鬼上司と犬系後輩に、秘密を握られました――

店を出る頃には、外は暗くなっていた。

大崎と真鍋は、同じ方向の電車だと言って先に歩いていった。

榊課長はスマホを見て、眉を少し寄せた。

「三枝さんからだ。一本折り返す」

「はい」

「藤代、瀬名」

私と瀬名が同時に顔を上げる。

「今日は戻らなくていい。資料修正は明日朝からでいい」

「承知しました」

「分かりました」

榊課長は少し離れた場所へ歩き、電話をかけた。

残された私と瀬名の間に、夜の空気が落ちる。

駅へ向かう道は、人通りが多い。

けれど、なぜかその瞬間だけ、二人きりの距離に感じた。

「先輩」

瀬名が言った。

声が、少し低い。

大型犬が、狼になる前の声。

私は反射的に背筋を伸ばした。

「はい」

「少しだけ、歩きませんか」

「駅までなら」

「公園まで」

公園。

私の聖域。

秘密発掘現場。

上司召喚スポット。

「……何か、仕事の話ですか」

「仕事の話から始めます」

始めます、とは。

終わりは何になるのですか。

聞けなかった。

私は頷いて、瀬名と並んで歩いた。