貴腐人の憂鬱――鬼上司と犬系後輩に、秘密を握られました――

会社に戻ると、空気は少し変わっていた。

いや、会社の照明も机の配置も同じだ。

電話も鳴っている。

コピー機も働いている。

大崎は会議室から出てきて、「どうだった?」という顔をしている。

でも、私を見る周囲の目が、前より少し違った。

「藤代さん、レビュー通ったって本当ですか?」

営業担当の一人が声をかけてきた。

「通ったというか、次の本提案に進めることになりました」

「すごいじゃないですか」

すごい。

真正面から言われて、私は返答に困った。

「いえ、チームで」

「でも、藤代さんの感情導線が軸なんですよね。真鍋さんが言ってました」

真鍋さん。

いつの間に。

見ると、真鍋は自席で淡々と作業していた。

こちらに気づくと、少しだけ頷いた。

それだけ。

でも、十分だった。

「藤代さん、次の店頭コピーも見るんですか?」

別の人が言った。

「たぶん、関わることになると思います」

「へえ、すごい。アシスタントから企画側って感じですね」

その言い方に、ほんの少しだけ身構えた。

以前なら、ここで「いえ、そんな」と小さくなった。

でも、今日の私は少し違った。

「まだ勉強中です」

言ってから、自分で驚いた。

社会人十年目にして、こんなこと初めて言った。

すごい。

内臓が拍手している。

たぶん小腸あたりが一番盛り上がっている。