貴腐人の憂鬱――鬼上司と犬系後輩に、秘密を握られました――

会議室を出る時、足が少しふわふわしていた。

浮かれているのではない。

たぶん。

いや、少し浮かれている。

でも今日くらいは許してほしい。

内臓も、今だけは退職願を取り下げている。

本部のビルを出ると、瀬名が両手を軽く上げた。

「先輩」

「はい?」

「やりましたね」

その笑顔は、いつもの犬系だった。

明るくて、人懐っこくて、まっすぐで。

私は少し笑った。

「瀬名くんの現場写真があったからです」

「先輩の流れがあったから、写真が使えたんです」

「真鍋さんのラフも分かりやすかったです」

「課長の締めも強かったですね」

私たちは、なぜか互いに手柄を譲り合っていた。

社会人の美しい光景。

榊課長が少し前を歩いていた。

振り返りはしない。

でも、低い声が飛んできた。

「二人とも、戻ってからだ」

「はい」

「すみません」

同時に返事をした。

瀬名が小さく笑う。

「怒られましたね」

「浮かれた社会人は怒られます」

「先輩、浮かれてるんですか?」

「少しだけです」

「いいですね」

瀬名の声が、少し低くなった。

「そういう顔、もっとしていいと思います」

胸が、不意に鳴った。

私は資料ケースを抱え直した。

危険。

この後輩、隙間に温度を差し込むのがうますぎる。

営業として有能。

人として危険。