貴腐人の憂鬱――鬼上司と犬系後輩に、秘密を握られました――

久保田が、ゆっくり頷いた。

「前回より、かなり良くなりましたね」

胸の奥で、何かが跳ねた。

「ありがとうございます」

「時間帯別の施策が、ブランドの約束に変わっている。『三分だけ、あなたの味方になる』という言葉も、駅ナカの強みと弱みの両方を拾っていると思います」

強みと弱み。

その言葉が、なぜか自分のことのように響いた。

「特に昼の導線は、現場改善としても分かりやすい」

三枝が、真鍋のラフを見ながら言った。

「席種表示を増やすのではなく、不安が出る場所に短い言葉を置く。これは現場にも説明しやすいです」

瀬名が、すぐに写真を出した。

「札幌店では、入口二歩手前で離脱するお客様が複数確認できました。こちらがその位置から見える情報です」

声が明るい。

でも、営業の言葉はぶれない。

「現在見えるのはメニューと列です。席があるか、どこに進めばいいかは見えません。ここに短い安心を置くことで、入店前の迷いを減らせます」

瀬名が、ちらりと私を見た。

「藤代が組んだ感情導線と、現場の動きが一致しています」

藤代。

会議室で、名前を出される。

以前なら縮こまった。

でも今は、背中を伸ばした。

ちゃんと受け取る。

私の言葉が、仕事の中にある。

それは怖いけれど、悪いことではない。

久保田は、資料をめくりながら言った。

「この方向で、次の本提案に進めましょう」

一瞬、理解が遅れた。

次の本提案に進める。

それは、つまり。

「ありがとうございます」

榊課長が即座に頭を下げた。

「詳細は来週中に詰めます」

「ええ。特にブランドコピーと店頭サインの展開案を見たいです。藤代さん」

突然、名前を呼ばれた。

「はい」

「今日の説明、よかったです」

耳の奥が熱くなった。

「リュミエールの利用者を、数字だけではなく人として見ている感じがありました。そこはぜひ、次回も残してください」

人として見ている。

その言葉が、胸の奥にゆっくり落ちた。

「……ありがとうございます」

私は頭を下げた。

深く。

ちゃんと。