貴腐人の憂鬱――鬼上司と犬系後輩に、秘密を握られました――

「リュミエールは、駅ナカにあるカフェです。長く滞在する場所ではなく、お客様と接する時間は三分、五分、長くても十五分程度かもしれません」

スライドには、駅構内を歩く人のシルエットが映る。

「けれど、その短い時間にも、お客様の気持ちは動いています。朝は、これから始まる一日への緊張。昼は、仕事から少し離れたい気持ち。夜は、帰る前に力を抜きたい気持ち」

私は、手元の資料を見ずに続けた。

「私たちは今回、その気持ちの変化を、店とお客様の距離が縮まる流れとして設計しました」

次のスライド。

『三分だけ、あなたの味方になる。』

会議室の空気が、少しだけ動いた。

久保田が画面を見る。

三枝がペンを持ち上げる。

私は続けた。

「朝は、迷わせないことで味方になる。昼は、居場所を見せることで味方になる。夜は、余韻を残すことで味方になる。リュミエールが提供するのは、単にコーヒーを買う場所ではなく、その時間の自分を少し整えられる場所です」

言いながら、私は頭のどこかで思っていた。

これは、私の好きなものから来ている。

言葉にしない距離。

見えない信頼。

相手が安心する瞬間。

漫画のネームで、ずっとコマに置いてきたもの。

それを今、仕事の場で、仕事の言葉に変えている。

恥ずかしい。

でも、怖くても、ちゃんと届かせたい。

「そのために、導線、コピー、サイン、スタッフの声かけを、時間帯ごとに単独で考えるのではなく、一つのブランド体験として組み立てます」

私は最後の一文を言った。

「短い時間でも、また戻りたくなる関係を作る。それが今回の提案です」

言い終えた。

息を吐く。

会議室が静かだった。

また静寂。

お願いだから誰か何か言ってください。