貴腐人の憂鬱――鬼上司と犬系後輩に、秘密を握られました――

「藤代さん、冒頭の説明、通してみます?」

大崎が言った。

「はい」

私は立ち上がり、モニターの前へ移動した。

部署の会議室なのに、足元が少しだけ不安定に感じる。

でも、視線を上げた。

「リュミエールは、駅ナカという立地上、お客様と長く一緒に過ごす店ではありません」

声は震えていない。

大丈夫。

「でも、短い時間だからこそ、その人の一日の中で、ちょうど必要な味方になれると思いました。朝は、急いでいる背中を整える。昼は、ひとりになりたい時間に居場所を見せる。夜は、帰る前に気持ちをほどく」

スライドを切り替える。

朝。

昼。

夜。

それぞれの導線が、一本の線でつながっている。

「これは時間帯別の施策ではなく、お客様と店の距離が少しずつ縮まる流れです。最初は便利だから入る。次に安心して入る。最後に、今日もここで息をつけると思って戻ってくる。その関係を作るための提案です」

言い終えたあと、会議室が静かになった。

やめてほしい。

静寂は私の自己否定を呼び出す。

今すぐ脳内で「やっぱりポエムでは?」という声が立ち上がりかけた、その時。

真鍋が言った。

「分かりやすいです。最初にそれを言ってもらえると、後半のラフが全部つながります。サインもコピーも、ただの機能じゃなくなる」

胸の奥が温かくなった。

「ありがとうございます」

瀬名が、軽く手を上げた。

「俺もいいと思います。現場写真を出す前にその流れがあると、写真が課題の証拠だけじゃなくて、改善後のイメージにつながるので」

「なるほど」

私はメモを取った。

榊課長は、しばらく黙っていた。

そして、モニターを見たまま言った。

「このままでいく」

たった一言。

それだけで、背中に入っていた力が少し抜けた。

「ただし」

来た。

不穏な接続詞。

「感情が強く出る分、根拠のページで締めろ。藤代の言葉だけで見せるな。瀬名の現場情報、真鍋のラフ、数値を必ず接続する」

「はい」

「あと」

榊課長がこちらを見た。

「会議資料に漫画絵は貼るな」

「貼りません!」

反射で言った。

大崎が吹き出した。

真鍋が一瞬だけ目を伏せた。肩が微妙に震えている。

瀬名は、なぜか楽しそうに笑っていた。

やめてほしい。

私の秘密が明文化されていないのに、空気だけで共有されている気配がする。

危険。

非常に危険。

でも、笑われているのではないと分かる。

その違いが、今の私には少しだけ分かるようになっていた。