貴腐人の憂鬱――鬼上司と犬系後輩に、秘密を握られました――

翌朝、私は会社のエレベーターの扉に映る自分の顔を見て、深く息を吐いた。

顔色は悪くない。

目の下も、まあ、社会人として許容範囲。

髪も乱れていない。

服もいつも通り。

問題は、内臓である。

内臓が、総出で朝礼をしている。

議題はひとつ。

本当に今日、私が前に出るのか。

「……出るんだよね」

小さく呟いた瞬間、エレベーターが開いた。

そこに立っていたのは、榊課長だった。

黒いスーツ。整った髪。無表情。

朝から抜かりない。

人間としての解像度が高すぎる。

「おはようございます」

「おはよう」

短い返事。

それだけで、昨日の夜の声が蘇った。

――次は、守られる側で終わるな。前に出ろ。

その言葉は、励ましというより命令に近かった。

でも、不思議と嫌ではなかった。

逃げ道をふさがれたのに、ちゃんと進む道を示されている感じ。

上司としては怖い。

人としては、もっと怖い。

なぜなら最近、怖いだけではなくなっているからだ。

「藤代」

「はい」

「今日のレビュー、冒頭は君が話せ」

内臓の朝礼が一瞬で非常ベルでパニックになった。

「冒頭、ですか」

「そうだ」

「榊課長が全体説明をしてから、私が補足する形では」

「感情導線を組んだのは君だ。ブランドコンセプトを、最初に君の言葉で置け。そのあと俺が構成と施策につなぐ」

私はバッグの持ち手を握りしめた。

「……はい」

声が出た。

思ったより、ちゃんと。

榊課長は私を見た。

「悪くない返事だ」

朝からやめてほしい。

たったそれだけで、心臓が暴れ始める。