貴腐人の憂鬱――鬼上司と犬系後輩に、秘密を握られました――

榊課長は、缶コーヒーを自動販売機で買った。

ホットだった。

そして、飲む前に一度止まった。

「熱いんですね」

「たぶん」

「経験に基づく判断ですね」

「そうだ」

私は笑ってしまった。

今度は隠せなかった。

榊課長は私を見た。

「前より下手だな」

「何がですか」

「隠すのが」

その言葉に、胸が少し痛くて、少し甘くなった。

隠すのが下手になっている。

それは、困ることのはずなのに。

今日の私は、その言葉が少しだけ嬉しかった。

「課長」

「何だ」

「今日の提案、怖かったです」

「知っている」

「でも、使ってよかったです」

「何を」

私はバッグの中のiPadに触れた。

「好きで見てきたものを」

榊課長は、缶コーヒーを持つ手を少し下げた。

「そうか」

短い返事。

でも、十分だった。

私は続けた。

「まだ恥ずかしいです。知られるのも怖いです。笑われたら、たぶん傷つきます」

「だろうな」

「でも、全部隠したままだと、今日みたいな言葉も出せないんだなって思いました」

榊課長は黙って聞いていた。

「だから、次は、もう少し早く言います」

言い終えてから、自分でも驚いた。

次は。

私は今、次の話をした。

逃げる前提ではなく、前に出る前提で。

榊課長は、ほんの少しだけ目を細めた。

「それでいい」

夜風が、公園の木を揺らした。

しらたまが薄目を開け、こちらを一瞬見て、また眠った。

私は、小さく息を吐いた。

危機は完全に終わったわけではない。

明日には詳細レビューがある。
資料はまだ詰めなければならない。
噂が消えたわけでもない。
過去の傷が、急に治ったわけでもない。

でも、今日は一つだけ分かった。

好きは、弱みだけじゃない。

隠してきたものは、私を守るための箱だった。

けれど、その箱の中には、仕事で使える目も、誰かに届く言葉も、ちゃんと入っていた。