貴腐人の憂鬱――鬼上司と犬系後輩に、秘密を握られました――

駅までの帰り道、私は榊課長と二人になった。

瀬名は追加資料を送るために残り、大崎と真鍋は先にタクシーへ向かった。

夜風は少し冷たい。

会社から駅へ向かう途中、いつもの公園の横を通った。

ベンチの下に、白い影が丸くなっている。

しらたまだ。

榊課長の足が、自然に止まる。

「寝てる」

声がやわらかい。

私は、その横顔を見てしまう。

仕事中の冷たい顔。
クライアントの前で資料を守った顔。
深夜に甘いお菓子を食べる顔。
猫を見る時の、やわらかい目。

全部同じ人なのに、全部少し違う。

そして私は、もうそれをただの観察対象として見られなくなっている。

榊課長が、こちらを見た。

「今日、よく戻ってきたな」

その言い方に、胸が詰まった。

逃げかけたことを、責めない。
でも、見逃してもいない。

「……大崎さんに、背中を押してもらいました」

「大崎らしい」

「瀬名くんにも、言われました。言わなかったことを書けって」

榊課長は、少しだけ黙った。

それから、静かに言った。

「瀬名は見るところがいい」

声は平静だった。

でも、私はもう気づいてしまう。

ほんの少しだけ、硬い。

「課長」

「何だ」

「それは、仕事の評価ですか」

榊課長がこちらを見た。

夜の公園の明かりが、横顔に落ちている。

一拍の沈黙。

まただ。

昨日の傘の下と同じ。

「……そうだ」

返事が遅い。

胸が、静かに跳ねる。

私は視線を落とした。

しらたまが、ベンチの下で丸くなっている。

平和な顔だ。

こちらの心臓の事情など、猫には関係ない。