貴腐人の憂鬱――鬼上司と犬系後輩に、秘密を握られました――

夜が深くなる。

部署の明かりは少なくなり、窓の外には街の光が滲んでいる。

それでも、会議室の中だけは熱があった。

コーヒーの紙カップ。
散らばる付箋。
瀬名の現場メモ。
真鍋のラフ。
大崎の進行表。
榊課長の赤字。

そして、私は感情の流れを簡単な四コマのように書いていた。

入る前。
店内。
席につく。
出る。

絵ではなく、矢印と短い言葉だけ。

それでも、頭の中ではちゃんと場面になっている。

誰かが迷う。
一言で安心する。
席に座って息を吐く。
店を出る時、少しだけ背中が軽くなる。

「藤代」

榊課長が、私の後ろから手元を覗いていた。

近い。

近いけれど、今は逃げなかった。

「この流れを、スライドの冒頭に入れろ」

「はい」

「久保田さんには、施策の前に感情の全体像を見せる」

「分かりました」

「その説明は、君がしろ」

指が止まった。

「……私が」

「君の言葉だ」

逃げ道が、また消えた。

でも今度は、胸の奥に小さな火がある。

「はい」

返事をした。

榊課長は一瞬だけ、私を見る。

「いい返事だ」

それだけで、耳が熱くなった。

やめてほしい。

褒めるなら、もう少し事務的にお願いしたい。

心臓に優しい職場づくりを推進してほしい。