貴腐人の憂鬱――鬼上司と犬系後輩に、秘密を握られました――

そこからの時間は、ほとんど修羅場だった。

大崎が進行表を組み直し、真鍋がデザインラフを再構成し、瀬名が現場写真とヒアリングを追加で掘り返した。

私は、白紙のスライドに新しい流れを置いていった。

ブランドコンセプト。

『三分だけ、あなたの味方になる。』

朝。急ぐ背中を整える。

昼。ひとりの居場所を見せる。

夜。帰る前に、ほどける余韻を残す。

それぞれの施策は変わらない。
けれど、意味が変わった。

席種表示は、ただの案内ではなく「ここにいていい」と伝える一言になる。
朝のサインは、迷わせないためだけでなく、一日を始める背中を押すものになる。
夜の照明とコピーは、客を長く滞在させるためではなく、帰る前に気持ちをほどくためのものになる。

「先輩、札幌のヒアリングで、夜に『帰る前に寄ると切り替わる』って言ってたお客さんいました」

瀬名が、資料を差し出した。

「これ、使えるかも」

「ありがとう。夜のページに入れます」

「先輩」

「はい」

「今の顔の方がいいです」

「顔?」

「逃げてない顔」

心臓に悪い。

私は画面を見たまま言った。

「仕事中です」

「便利な言い方ですね」

「便利なので使います」

瀬名くんが笑った。

いつもの犬系の笑顔。

でも、少しだけ安心したように見えた。