誰にも話さなかった、前の彼氏の話。
それをぶちまけることができてすごくスッキリした。
「あー、会社じゃ話せないからさー、こんな話! 話せてよかったー」
「それならよかったよー。そんな人本当にいるんだねー」
「おかげで誕生日は引越しもあってバタバタしてて何にもできなかったし、ほんと最悪だったんだから」
言いながら、私は梅酒のロックを胃に流し込む。
私の誕生日は十月十七日。今の職場への初出勤の前の日だった。
バタバタしているうちに、私は二十八歳になってしまった。
子供の頃は二十代ってすごく大人に思えていたのに、なってみれば大したこともなく。
誕生日だからって何かしたい、ていう年令ではないけれど、何もないのはそれはそれで寂しい気がしてしまう。
お酒を流し込んで息をつくと、赤月君がずいっと身を乗り出してくる。
「ねえ、ヒスイちゃん。俺と誕生日やらない?」
「え、なにどういうこと?」
赤月君、酔ってるのかな、ちょっと頬が紅くて色っぽく見えてくる。
目もなんか切なそうというか。
どうしよう、私、ちょっとドキドキするかも。お酒のせいかな。
私は思わず息をのむ。
そうだ、きっとお酒のせいだ。
そうしないと私、どうかなりそうな気がした。
赤月君はちょっと首を傾げて微笑む。
「今月の末。ヒスイちゃんの時間が合ったらだけど」
その顔を見たとき、私の胸の中で何かが大きく跳ねたような気がした。
「あ……」
やだ、顔が熱い。
赤月君が、小さく首を傾げて、
「どうかな」
と言い、私は慌ててスマホを開く。
あ、まだちゃんとシフト出てないや。
でも今の感じだと私、月曜日と木曜日が休みだから、えーと……
「まだ確定じゃないけど、十一月二十日の月曜日なら大丈夫かも」
「二十日月曜日ね。シフトまだ決まっていない感じ?」
「うん。シフトでるの遅いらしくて。明日行ったらちゃんと出てるかも」
「わかった。俺の方はその日、大丈夫だから」
その言葉を聞いて私はスマホから顔を上げて赤月君を見る。
彼もスマホを見つめてスケジュールを確認しているみたいだった。
そして顔を上げると、私の方を見て言った。
「何しようか。車でも大丈夫なら行ける場所、増えるけど」
「うーん、どうしよう。行きたい場所、あるわけじゃないしな」
私は首を傾げる。
したい事。行きたい場所。
なんだろう。
私は赤月君の顔をじっと見る。
赤月君の家……っていう選択肢、ありかもしれない。
そもそも私は基本ひきこもり。
推し活以外で外に出る、という選択肢が存在しない。
どうする私。
うちってわけにはいかないし。
私は赤月君の言葉を思い出す。
『プラモは専用の部屋があるから』
って言っていたよね。
私はわずかに震える唇をゆっくりと開いて言葉を紡ぐ。
「ねえ、あの、嫌じゃなかったら、なんだけど……」
私はぎゅっと、スマホを握りしめて、様子を伺うように赤月君を見た。緊張で顔が強張ってくる。
彼はちょっと首を傾げて私の言葉の続きを待った。
「赤月君の家は……ほら、私、あんまり外いくの好きじゃないし。でもうちはさすがに、って思うから。でも嫌なら無理強いしないし」
って、酔ってるせいか訳の分からない言い訳を並べ立ててしまう。
私の言葉に、赤月君は一瞬驚いた顔をした後、ものすごく嬉しそうな顔になる。
スマホを置いて、赤月君は大きく頷き、
「うん、いいよ。でもヒスイちゃん、大丈夫なの?」
と、すぐにちょっと心配げな顔になった。
あぁ、私が昔の事を気にしてるの察してるのかな。
ちゃんと話したい、って思うけどまだそれは口にする勇気はない。
赤月君の部屋に行ったら、話そう。
そう自分に課題を課して、私は頷く。
「大丈夫だよー。そもそも幼なじみなんだし、昔はよくお互いの家に行っていたじゃん」
それは八歳のあの日より前の事だけど。
自分で言い出したものの、心の中に僅かなモヤがかかっていることに気がつく。。
私はそれを誤魔化すようにお酒を煽る。
酔ってるなぁ、私。
全部酔っているせいにしよう、そうしよう。
「そうだね。じゃあそうしようか。ヒスイちゃん、食べ物、ケーキとか何好き? 俺、いろいろ用意するから」
そんな弾んだ赤月君の声が聞こえてくる。
すごくうれしそうだな、赤月君。
私の誕生日祝うの、嬉しいのかな。よくわからないけど。
私は頷き答える。
「ありがとう、赤月君。そうね、私が好きな物は……」
私が好きな食べ物をあげていくと、赤月君はスマホにメモをとっていく。
すごい、本気なんだ。
「ケーキ、ホールはさすがに大きいよね」
「うーん、そうねぇ。私誕生日はケーキ屋さんでカットケーキ二個買ってたよ」
「あぁ、わかる。じゃあカットケーキ買うね。あとは――」
と、私の誕生日祝いの計画が立っていく。
大人になってから人に誕生日をお祝いされるの初めてで、なんだか緊張するな。
赤月君はスマホから顔を上げて、私をなんだかうっとりとした目で見つめる。
「楽しみにしていてね、ヒスイちゃん」
そう笑う赤月君の顔を見て、私は思わず胸を押さえて目をそらしてしまった。
このときめきも、このやりとりもきっと、お酒のせいだ。
そう、自分に言い聞かせた。
電車に乗り、私たちが最寄り駅に着いたのは、夜の八時前だった。
駅前は薄暗く、人通りも少ない。
赤月君と並んで歩きながら、私は昨日の出来事を話した。
「ねえ赤月君、聞きたいことあるんだけど」
「なに?」
「あの、コトブキヤ、とか三十MSって女の子のプラモだよね」
「あぁうん、そうだけど」
「あの、ちょっと言いにくいんだけど……」
私は昨日のことを思い出して、思わず身震いしてしまう。
「あのね、私をモデルにそのプラモをカスタマイズするとか言われて気持ち悪くて……」
「何それ? そんなこと言われたの?」
驚きを含んだ声に、私は頷く。
お酒のせいか、私は他のことも口にしてしまう。
「仕事何時までかも聞かれたし……ガチャガチャのレジッて、ほら売り場の隅にあるから人目につかないし、けっこう怖いんだよね」
「へえ……そんなことあったんだ」
冷たく響く赤月君の声。
「うん、帰り、待ち伏せられたらどうしよう、て思ったんだけど、昨日は大丈夫だったかな」
でも出入り口は一か所しかないからバレたら待ち伏せされるかも。
やだ、そう思ったら怖い。
ストーカーになったらどうしよう。
そうなったら私、仕事やめないとダメなのかな。
あー、気持ち悪すぎる。
思わず口に手を当てると、赤月君の優しい声がかかる。
「ねえ、ヒスイちゃん」
「……なに?」
「ヒスイちゃんが嫌じゃなければだけど、俺、帰り迎えに行こうか? 車あるし」
「え……?」
私は驚いて立ち止まり、赤月君の顔を見つめる。
辺りは薄暗くて、表情はよくみえないけど、なんか心配そうな顔に見えなくもない。
「ヒスイちゃん、ひとり暮らしだし、あとつけられたら嫌でしょ。俺が車で迎えに行けばあとつけにくいだろうし」
「え……あ……」
どうする自分。
昨日のお客さんは本当に気持ち悪い。
ストーカーになったら嫌だし、プラモのモデルに勝手にされるのもすごく嫌だ。
だからって、さすがに赤月君に迎えに来てもらうのは悪いような……
そもそも再会して二週間ちょっとだし。
ああもうどうしよう。
怖いのと、申し訳ない気持ちが私の中で混ざり合う。
「ち、ちょっと考える」
顔をそらして言うと、赤月君が心配げな声で言った。
「わかった。でも何かあったら迎えに行くからね」
う……何もないといいけれど、私のなかで不安はくすぶっていた。
それをぶちまけることができてすごくスッキリした。
「あー、会社じゃ話せないからさー、こんな話! 話せてよかったー」
「それならよかったよー。そんな人本当にいるんだねー」
「おかげで誕生日は引越しもあってバタバタしてて何にもできなかったし、ほんと最悪だったんだから」
言いながら、私は梅酒のロックを胃に流し込む。
私の誕生日は十月十七日。今の職場への初出勤の前の日だった。
バタバタしているうちに、私は二十八歳になってしまった。
子供の頃は二十代ってすごく大人に思えていたのに、なってみれば大したこともなく。
誕生日だからって何かしたい、ていう年令ではないけれど、何もないのはそれはそれで寂しい気がしてしまう。
お酒を流し込んで息をつくと、赤月君がずいっと身を乗り出してくる。
「ねえ、ヒスイちゃん。俺と誕生日やらない?」
「え、なにどういうこと?」
赤月君、酔ってるのかな、ちょっと頬が紅くて色っぽく見えてくる。
目もなんか切なそうというか。
どうしよう、私、ちょっとドキドキするかも。お酒のせいかな。
私は思わず息をのむ。
そうだ、きっとお酒のせいだ。
そうしないと私、どうかなりそうな気がした。
赤月君はちょっと首を傾げて微笑む。
「今月の末。ヒスイちゃんの時間が合ったらだけど」
その顔を見たとき、私の胸の中で何かが大きく跳ねたような気がした。
「あ……」
やだ、顔が熱い。
赤月君が、小さく首を傾げて、
「どうかな」
と言い、私は慌ててスマホを開く。
あ、まだちゃんとシフト出てないや。
でも今の感じだと私、月曜日と木曜日が休みだから、えーと……
「まだ確定じゃないけど、十一月二十日の月曜日なら大丈夫かも」
「二十日月曜日ね。シフトまだ決まっていない感じ?」
「うん。シフトでるの遅いらしくて。明日行ったらちゃんと出てるかも」
「わかった。俺の方はその日、大丈夫だから」
その言葉を聞いて私はスマホから顔を上げて赤月君を見る。
彼もスマホを見つめてスケジュールを確認しているみたいだった。
そして顔を上げると、私の方を見て言った。
「何しようか。車でも大丈夫なら行ける場所、増えるけど」
「うーん、どうしよう。行きたい場所、あるわけじゃないしな」
私は首を傾げる。
したい事。行きたい場所。
なんだろう。
私は赤月君の顔をじっと見る。
赤月君の家……っていう選択肢、ありかもしれない。
そもそも私は基本ひきこもり。
推し活以外で外に出る、という選択肢が存在しない。
どうする私。
うちってわけにはいかないし。
私は赤月君の言葉を思い出す。
『プラモは専用の部屋があるから』
って言っていたよね。
私はわずかに震える唇をゆっくりと開いて言葉を紡ぐ。
「ねえ、あの、嫌じゃなかったら、なんだけど……」
私はぎゅっと、スマホを握りしめて、様子を伺うように赤月君を見た。緊張で顔が強張ってくる。
彼はちょっと首を傾げて私の言葉の続きを待った。
「赤月君の家は……ほら、私、あんまり外いくの好きじゃないし。でもうちはさすがに、って思うから。でも嫌なら無理強いしないし」
って、酔ってるせいか訳の分からない言い訳を並べ立ててしまう。
私の言葉に、赤月君は一瞬驚いた顔をした後、ものすごく嬉しそうな顔になる。
スマホを置いて、赤月君は大きく頷き、
「うん、いいよ。でもヒスイちゃん、大丈夫なの?」
と、すぐにちょっと心配げな顔になった。
あぁ、私が昔の事を気にしてるの察してるのかな。
ちゃんと話したい、って思うけどまだそれは口にする勇気はない。
赤月君の部屋に行ったら、話そう。
そう自分に課題を課して、私は頷く。
「大丈夫だよー。そもそも幼なじみなんだし、昔はよくお互いの家に行っていたじゃん」
それは八歳のあの日より前の事だけど。
自分で言い出したものの、心の中に僅かなモヤがかかっていることに気がつく。。
私はそれを誤魔化すようにお酒を煽る。
酔ってるなぁ、私。
全部酔っているせいにしよう、そうしよう。
「そうだね。じゃあそうしようか。ヒスイちゃん、食べ物、ケーキとか何好き? 俺、いろいろ用意するから」
そんな弾んだ赤月君の声が聞こえてくる。
すごくうれしそうだな、赤月君。
私の誕生日祝うの、嬉しいのかな。よくわからないけど。
私は頷き答える。
「ありがとう、赤月君。そうね、私が好きな物は……」
私が好きな食べ物をあげていくと、赤月君はスマホにメモをとっていく。
すごい、本気なんだ。
「ケーキ、ホールはさすがに大きいよね」
「うーん、そうねぇ。私誕生日はケーキ屋さんでカットケーキ二個買ってたよ」
「あぁ、わかる。じゃあカットケーキ買うね。あとは――」
と、私の誕生日祝いの計画が立っていく。
大人になってから人に誕生日をお祝いされるの初めてで、なんだか緊張するな。
赤月君はスマホから顔を上げて、私をなんだかうっとりとした目で見つめる。
「楽しみにしていてね、ヒスイちゃん」
そう笑う赤月君の顔を見て、私は思わず胸を押さえて目をそらしてしまった。
このときめきも、このやりとりもきっと、お酒のせいだ。
そう、自分に言い聞かせた。
電車に乗り、私たちが最寄り駅に着いたのは、夜の八時前だった。
駅前は薄暗く、人通りも少ない。
赤月君と並んで歩きながら、私は昨日の出来事を話した。
「ねえ赤月君、聞きたいことあるんだけど」
「なに?」
「あの、コトブキヤ、とか三十MSって女の子のプラモだよね」
「あぁうん、そうだけど」
「あの、ちょっと言いにくいんだけど……」
私は昨日のことを思い出して、思わず身震いしてしまう。
「あのね、私をモデルにそのプラモをカスタマイズするとか言われて気持ち悪くて……」
「何それ? そんなこと言われたの?」
驚きを含んだ声に、私は頷く。
お酒のせいか、私は他のことも口にしてしまう。
「仕事何時までかも聞かれたし……ガチャガチャのレジッて、ほら売り場の隅にあるから人目につかないし、けっこう怖いんだよね」
「へえ……そんなことあったんだ」
冷たく響く赤月君の声。
「うん、帰り、待ち伏せられたらどうしよう、て思ったんだけど、昨日は大丈夫だったかな」
でも出入り口は一か所しかないからバレたら待ち伏せされるかも。
やだ、そう思ったら怖い。
ストーカーになったらどうしよう。
そうなったら私、仕事やめないとダメなのかな。
あー、気持ち悪すぎる。
思わず口に手を当てると、赤月君の優しい声がかかる。
「ねえ、ヒスイちゃん」
「……なに?」
「ヒスイちゃんが嫌じゃなければだけど、俺、帰り迎えに行こうか? 車あるし」
「え……?」
私は驚いて立ち止まり、赤月君の顔を見つめる。
辺りは薄暗くて、表情はよくみえないけど、なんか心配そうな顔に見えなくもない。
「ヒスイちゃん、ひとり暮らしだし、あとつけられたら嫌でしょ。俺が車で迎えに行けばあとつけにくいだろうし」
「え……あ……」
どうする自分。
昨日のお客さんは本当に気持ち悪い。
ストーカーになったら嫌だし、プラモのモデルに勝手にされるのもすごく嫌だ。
だからって、さすがに赤月君に迎えに来てもらうのは悪いような……
そもそも再会して二週間ちょっとだし。
ああもうどうしよう。
怖いのと、申し訳ない気持ちが私の中で混ざり合う。
「ち、ちょっと考える」
顔をそらして言うと、赤月君が心配げな声で言った。
「わかった。でも何かあったら迎えに行くからね」
う……何もないといいけれど、私のなかで不安はくすぶっていた。
