優しさは、俺だけに

転勤してから1ヶ月。

新しい支店で、
新たな仲間と、
新たなお客様と、

俺は忙しくしていた。

仕事に集中していた。

――いや、したかった。

今日も、
朝から予定が詰まっていた。

メール、会議、報告。

気づけば午前が終わっている。

少しだけ、体調は悪かった。
けれど、止まる余裕はない。

電話が鳴って、資料が回って、
誰かの確認が入り、また別の案件に移る。

――流れていく。

自分の状態とは関係なく、
仕事だけが前に進んでいく感じ。

昼休みも短く済ませて、
午後の会議に入った。

熱っぽさだけが、ずっと残っている。

その帰り道、ふとよぎる。

――あの頃なら。

すぐに打ち消す。

……何考えてるんだ。


2ヶ月経った頃。

後輩から相談を
受けられるようになってきていた。

「この案件なんですけど」

声をかけられて、
自然と手を止める。

画面にはまだやりかけの資料。
けれど、そのまま後輩の話を聞いた。

俺も、
相談に乗れるようになったのか。

少しだけ、笑った。

その間にも、通知がいくつか溜まっていく。

気づけば夕方。

椅子に座ったまま、
目の前の仕事に戻る。

一つ終わらせて、
また次に手を伸ばす。

前に進んでいる。

ただ前に。

止まりたくはなかった。

止まったら、
何かを考えてしまいそうで。


3ヶ月後。

会議で発言するまでになった。

自分が、
少しだけ場に馴染んでいるのが分かる。

言葉も、間も、
前より自然に出てくる。

そして――

新しい時間の流れの中で、
自分が動き始めているのも分かる。

この調子だ。
この感じでいいはずだ。

そう思う自分に、
少しだけ安心する。


夕方。

やりかけの仕事を一つ片付けて、
もう一つは明日に回す。

以前より、
区切りをつけるのがうまくなった気がする。

席を立つ。

「お先に失礼します」

自然に出た声。

鞄を持って、外へ出る。

空気が変わる。

昼間の熱が抜けた、少しだけ冷たい風。

いつものように、
帰り始める。