優しさは、俺だけに

少しだけ間を置いて言うと、
「もちろんよ」
即答だった。

――新しい支店、C支店への着任は5日後。
引き継ぎで、これから忙しくなる。

前川さんと、
ちゃんと話せる時間も、限られてくる。

もしかしたら――

こんなふうに二人で過ごせるのは、
今夜が最後になるかもしれない。

そんなことを考えながら、
店へ向かう足が、自然と早くなっていた。

懐かしい話をした。

「禅君、
いきなりお客さんにあんな話するから、
一緒に帯同した私も驚いてさ」

前川さんが笑いながら、昔の失敗談を話す。
あの時の焦りも、今となっては笑い話だ。

契約が取れた日のこと。
二人で小さくガッツポーズをしたこと。

一つひとつ思い出しながら、
自然と笑みがこぼれる。

――俺の、この3年間は充実していた。

グラスを置いて、前川さんを見る。

「前川さんがいたからです」
そう伝えると、前川さんは少し照れたように笑った。

「そんなことないよ」

「いや、そんなことあるんです」

言い切って、そのまま見つめる。

前川さんの表情が、少しだけ変わった気がした。

「前川さんは、優しいから。
優しすぎるんです、誰にでも」

言葉を選びながらも、止まらなかった。

「本当は――俺だけにして欲しいんです」

静かに、でもはっきりと言い切る。

一瞬、時間が止まったような気がした。

「だから、俺がいなくなる5日後までに考えて、返事ください」

自分でも驚くくらい、まっすぐな言葉だった。

前川さんは、少しだけ視線を落としてから、

「うん、分かった」

そう、小さく答えてくれた。