8月15日君に会いにいく

|✴︎第1話✴︎ 明日死ぬ

俺は、明日死ぬ。特攻するんだ。
...もうそれしかない

やけに静かな夜
整備兵が特攻機を調節している音だけが鳴り響く

「なぁ、生きて帰れると思うか?」

「……その話、ここでするな」

隣にいたあいつが、低い声で言った。眉をひそめて、わずかに首を横に振る。

「考えるな。明日のことだけ考えろ」

帽子の鍔で顔を隠すようにして、あいつは背中を向けた。そのまま歩き出す。

呼び止めることは、できなかった。

空を飛ぶ特攻機のエンジン音が、空耳のように聞こえる。

誰も、本当のことは口にしない。口にしてはいけない。それでも、我慢できなかった。

気づけば、爪が皮膚を食い込むほど強く拳を握りしめていた。

出撃前夜。俺は仲間と、心許ない酒を交わした。

「やっと出撃できる」

あいつはそう言った。笑っていた。だが、握った拳が震えていた。唇も、わずかに揺れていた。

....逃げたい

「おめでとう」
みんながそう言う。その言葉が俺を現実に引き戻す。

「明日俺は死ぬのか」

気づけば、薄暗い部屋に戻っていた。

薄暗い中無心で紙と使い古した鉛筆を取り出す。

....何度鉛筆を握った事か。

手に取ったまま
また、しばらく動けなかった。
ペン先だけが紙の上で止まっている。

——書いてしまえば、終わる気がした。

「私のことは、忘れてほしい」

震える手を左手で押さえながら書く。

「もし来世があるなら、そのときは——」

手が止まる。その先だけが、どうしても書けなかった。

頭の中では分かってる。
「生きたい」
これだけだった。

静かに紙を折る。自分の髪を、少しだけ切る。それをそっと包んだ。

整備兵の音を聞きながら
明日のことを考える。
考えないようにしていたその先を

重たくない瞼を閉じる

ーーその時

耳慣れない音が鳴り続けていた。

「……なんだ、この音」

ゆっくりと目を開ける。

白い天井。見たことのない部屋だった。

布団に手をついて体を起こす。違和感があった。

眩しすぎる。

エンジン音が聞こえない
怒鳴り声も聞こえない
代わりに
聞いた事のない様な音がずっと流れる。

視線を向ける
小さな時計があった
規則的に震えている

恐る恐る手を伸ばす。
触れた瞬間、音が止まった。

静寂。

なぜか..ほっとした

視界の端に、細長いものが映る。白い線が繋がれていた。

「……なんだ、これ」

✴︎第2話✴︎愛しい人

「.....なんだ、これ」
画面が光る。思わず目を細めた。

そこに映っていたのは、男と女の写真。そして数字。

「....時間..か?」

ゆっくりと顔を上げる。
部屋の中を見渡す。

綺麗すぎる。
茶色。白。赤。

「夢、なのかもしれない」

だが、体はやけに軽かった。

枕元の窓に近づく。

外には多くの人がいた。
派手な色の服...
でも下を向いていない
堂々と笑っていて
怯えてる人なんていない。

俺は不思議で仕方なくずっと窓の外を見つめた。

そのとき。

背後から、声がした。

「起きた?」

振り向く

その顔を見た瞬間、息が止まった。

「……なんで」

声がかすれる

「……なんで、お前がここにいる」


✴︎3話✴︎ 静かな世界

「え?なに?一緒に住んでるじゃん」

「まだ酔っ払ってるの?」

酔っ払ってる?
あぁ俺は確かに酒を飲んだ

言葉が出なかった

「おかしいよ」

女は笑いながら俺の肩を叩いた。

「痛い...夢じゃ無い」

一瞬、間が空く。

「現実だよ」

そのとき、どこからか音が流れた。

『——まもなく、午前八時十五分になります』

聞いた事のない声
街全体に響き渡る
部屋の空気が、少し重たくなった

『黙祷を、お願いします』

音が聞こえない。さっきまで笑ってた人たちも止まってる

「なんだ?この世界」

世界が、止まったみたいに静かだった。

——八時十五分。

唾を飲み込む。

女を見ると目を瞑ったまま黙っていた。

何をしているのか俺には分からなかった。

女が目を開ける。

「……今、何年だ」

「2025年だけど」

頭の中が追いつかない。

「……うそだろ」

体が固まって緊張する。

「....今日は..何日?」

「8月6日だよ」

耳を澄ます。

聞き慣れたエンジン音
風を切る音
何一つ聞こえない

「ねえ、大丈夫?」

少し遅れて、女の声が入ってくる

どこに目線をやればいいかわからない。

女は不思議そうに俺に言った

「朝食、食べる?」

目の前に差し出される。

オシャレなお皿。
ご飯。
冷たい水。

しばらく見ていた。

「……これは、何だ」

「え……いつもの朝食だけど」

「食べよ」

怯えながら朝食を
口に持っていく。

「……うまい」

.....初めてだ

喉を通る。違和感が残る。

こんな朝食、食べたことない

女が不思議そうに見つめていた。

そのときだった。

遠くから低い音

体が、先に動いた。

「——逃げろ!空襲だ!」
咄嗟に大声が出た

彼女は逃げない
ポツンと俺を見つめる

周りは何も変わらない。音だけが通り過ぎていく。

俺は空を見上げた。

空は、ただ青かった。
赤くない。

何も落ちてこない。

「B29じゃないのか?」

音だけが遠ざかる。

胸の奥が、ざわつく

「……どうして」

言葉が途中で止まる。

視線を戻す。彼女がいる。

ずっと見つめてる

ーーおかしい

「……戦争は」

声が裏返る。

「……終わったのか」

「……は?」

女が一歩引いた

「ちょっと待って」

さっきまでの声のトーンがない。
低い声だった。

もう、隠せなかった。

「……信じなくて良い」

「……俺は」

言わなければと思った

「1945年から来た」

沈黙。

何も動かない。

彼女は数秒止まった。

それからーー

「……は?」



✴︎第4話✴︎あなた、だれ

何も変わらない
いつもの朝だった。

なのに今、目の前にいるのはーー
顔は一緒なのに全く別人に見える。

「1945年からきた」

「……は?」

どうせ寝ぼけてるんでしょ
そう思った

でも、さっきの言葉だけが残っている。

「空襲だ」

ありえない。絶対有り得ない


「……ねえ」

少しだけ距離を取る。

「……なに言ってるの」

笑おうとした。うまく笑えなかった。

目の前の彼は、真剣な表情だ。

いつもなら、冗談なんてすぐわかるのに。

今回は——違う。

「なに?嘘をつく練習でもしたの?」

「……やめてよ」

言葉が少し震える

「そういうの、面白くないから」

ただ、怖かった。
彼がとても真剣だから。

さっきの言葉が頭から離れない。

あれは——演技じゃない。
彼は演技が苦手なはず。
私に嘘をついた事が一度もない
...いや、嘘が苦手だから。

「……ねえ」

もう一度、呼ぶ。

「……私が夢見てる?」

私は私の頬を叩いた

「痛い...夢じゃ無い」

それから言葉が出ない。

沈黙。

呼吸が苦しい

思わず目を3秒ほど逸らす。

視線を戻す。やっぱり、そこにいる。

同じ顔。でも、違う。

「……ねえ」

声がさっきより小さくなる。

「……どこから嘘なの?」

少しの沈黙。

「……全部本気だ」

心臓が張り裂けそうになる。

何も言えない

「……やだ」

小さく、こぼれる。

一歩、近づく。

さっき空いた距離を、戻すみたいに。

「……冗談だよね?お願い」

彼の肩を掴んだまま揺らす。

鼓動が早くなる

返事がない
彼は私の顔を見つめるだけ。

その沈黙が怖い。

「……あなた」

言いたくなかった。

「……誰?」

思わず、口にしてしまった。

言った瞬間、後悔する。でも、もう戻せない。

目の前の彼は、答えない。ただ、こちらを見ている。

沈黙が、長い。呼吸が、うまくできない。

そのとき——外で、音が鳴る。

低いエンジン音

さっきと同じだ。

彼の体が少しだけ固まる

でもその瞬間違った。

さっきまでの彼じゃない

彼の体が先に動いた。

私を覆い被さるように距離が詰まる。

視界が、狭くなった
前が見えない
ただ彼の体だけがあった

——私を守る動き。

腕が、触れる。

思っていたより、硬い。しっかりとした重み。

いつもの彼と違う。

なのに——なぜか
守られている...安心した

さっきまでの距離じゃない。
彼の心臓の音が聞こえる。

そのとき——彼の肩から、力が抜ける。

ゆっくりと顔を上げる。

「……違うな」

小さく、呟く

それから——ほんの少しだけ
笑みを見せた


なぜか、恥ずかしくなった
目線をずらす。

さっきまで怖かったはずなのに。

さっきまでの鼓動と違う速さがある
息苦しい
でも嬉しい。

音は、そのまま遠ざかっていく。何も起きない。

何も変わらない。

「……今の」

声が、うまく出ない。

「……なに?」


「……いや」

短く、返ってくる。

でも、その声が少し掠れていた。

それだけで、分かる。

言わないでと願った。

「……爆撃だと思った」

その一言で、全部繋がる。

さっきの「逃げろ」

今の動き。

全部。

演技だけで出来るものじゃない。

体に染み付いてるんだ。

「……ほんとなの」

声が震える。

「……来たんだ。今日死ぬんだ」
「もう生きていられないんだ」

もうわかった。全部。

✴︎第5話✴︎ 記憶

ずっとさっきの言葉だけが残っている。

「爆撃だと思った」

その一言が、離れたくても離れない。

「…ねえ」

声をかける。一歩近づく

「……さっきの」

そこまで言って、言葉が止まる。

彼の様子が、おかしい。

焦点があっていない。

天井を見てる


「……ねえ?」

もう一度、呼ぶ。

反応がない。

ーーその時

彼の体は飛行機を操縦しているようだった。

「……まだだ」

いきなり大声を出した。

私はびっくりして後ろに倒れた。

でも私に向けたものじゃない。

誰かに、言っている。

「……もう少しだ」

歯を食いしばっている

「……前へ」

一瞬で汗が出ている。

「……見えた」

顔の表情が一気に怖くなる

「……行ける」

その一言が、やけに静かだった。

「……ねえ!」

思わず、体を叩く

びくっと体が揺れる。

視線が戻って目が合う

「……あ」

一瞬だけ、どこか別の場所にいたみたいに。

沈黙。

彼が、こちらを見る。

さっきとは違う優しい目

「……もう、時間がないみたいだ」

静かに、言う。

その言葉で、理解する

「戻るのね」

ただ——

「……お前は」

少しだけ、言葉を選んでるように見えた。

「……今、幸せか?」

——これは、確認じゃない。

なぜか
答えて欲しいとわかった。
だけど...


✴︎第6話✴︎ 確信

「……お前は」

少しだけ、言葉を選ぶ。

「……今、幸せか?」

まっすぐ、見つめられる。

顔が、少し熱くなる。

答えられない。

頭の中で、いくつもの言葉が浮かぶ。
でも...答えれなかった

深呼吸をする。

彼を真っ直ぐ見つめる

この人は、きっと迷わなかった。

そう思った。

だから——

「……内緒」

少しだけ、笑う。

「答えるのは今じゃない気がした」

沈黙。

彼は、何も言わない。

でも——ほんの少しだけ、落ち着いた。

「……そうか」

それだけ、言う。

彼は安心そうな顔をする。

そのあと——

彼の視線が、少しだけ遠くなる。

「……いいな、この世界」

小さく、こぼれる。

分からなかった
聞きたかったけど聞けなかった

第7話 約束

部屋の中は、さっきまでとなぜか雰囲気が違った。

終わりが近いと分かった。

彼は、窓の方を見ている。

その横顔を、なんとなく見ていた。

「……ここは」

不意に、口を開く

「……静かだな」

「……そうでしょ」

思わず、返す。

でも——彼は、小さく首を振る。

「…… よかったよ」

少しだけ、間が空いて——

「……平和だな」

思わず、笑ってしまう。

「なにそれ」

彼も、少しだけ笑う。

ほんの少しだけ。

それだけで、空気がやわらぐ。

「……ねえ」

「……未来って、どう?」

彼が、こちらを見る。

「……どうって?」

「……幸せ?」

聞いてしまった。
聞く予定なんてなかったのに。

少しの沈黙。

それから——

「……さっきのでわかったよ」

静かに、言う。

「……俺は」

一瞬だけ、窓に目線を逸らす

「……来世は、幸せなんだな」

少しだけ、笑う。

「……1945年の俺は」

男は下を向く

「……悲しませてばかりだったからな」

胸が、少しだけ締めつけられる。

否定する事はできなかった

「….だから」

「……絶対、幸せにしてくれよ」

「……ちゃんと伝えといてくれ」

「……“今の俺”に」

思わず、息が止まる。

同じ人なのに。

違う時間の人に向けた言葉。

「……うん」

「あなたも来世は、私を幸せにしてよ」
「その時は今の私じゃないでしょうけど」

約束するみたいに笑い合った。

少しだけ優しい顔で。




✴︎第8話✴︎ 時間

彼と会った時からまだ1分も経ってない気がした。

時計を見なくても分かる終わり。

言葉が減る。

「ありがとう」

そう思った。


彼は、すぐ近くにいる。

手を伸ばせば、触れられる距離。

でも——触れなかった。

触れてしまったら、来世の私に失礼だと思った。

「……ねえ」

「……なに」

いつも通りの声。
でもどこか悲しそう。

「……なんでもないよ」

そう言って、視線を逸らす。

言いたいことは、たくさんあるはずなのに、一つも出てこない。

彼が、少しだけ近づく。

でも——それ以上は来ない。


そのとき——

彼が、少しだけ手を上げる。

迷うみたいに、一瞬止まる。

軽く、頭に触れる。

すぐに、手が離れる。

それだけで、胸の奥が静かに揺れた。

でも——気づけば、口にしていた。

「……ねえ」


「……1945年の私は、どう?」

言ってしまった。

彼は顔を赤くする。

すぐには答えない。

一度だけ目を逸らして——

「……ちゃんとしてる」


それから、

「……強いな....俺より」

一瞬、言葉が止まる。

「……だから」

ほんの少しだけ、視線が戻る。

「……守りたくなる...死んでも」

心臓に何か刺さったようだった。



✴︎第9話✴︎ 別れ

もう本当に時間がない。
わかっていた。

言葉が、出てこない。

何を言っても、足りない。

彼の背中がいつもより大きく見える。

これだけは伝えたい

「……ねえ」

大きな声で呼ぶ。

彼が、こちらを見る。

その目は、もうどこか遠かった。

「……ありがとう!」

言えた。

彼が、少しだけ驚く。

「ありがとう」

彼が言い返す。

その瞬間、胸がぎゅっとなる。


彼の輪郭が、わずかに揺れる。

「……そろそろだな」

静かに、言う。

彼は私に敬礼をした。

私は涙を堪え
やり返しの敬礼をした。

引き止めたい
でも、できない。

最後に一歩だけ近づく。

触れられる距離。

でも、やっぱり触れられない。

彼が、少しだけ笑う。

あのときと同じ、やわらかい顔。

「….もっと幸せになれよ」

彼の言葉はこれが最後だとわかった。


消えていく。

静かに、音もなく。

「……っ」

「幸せだよ!!内緒だからね」

彼はもういなかった。目でわかる。
でも、なぜか届いた気がする。

「また来世で」


✴︎第10話✴︎ 白い光

機体の中で目が覚めた。

風の音。振動。

久しぶり聞くような感覚

一気に不安が押し寄せた

隣には仲間の戦闘機

声が聞こえる

「幸せだよ!内緒だからね!」

内緒になってないじゃん。

怖いのに機体の中で笑った。

「...来世か」

わずかに、笑う。

次の瞬間——

白い光に、包まれた。


✴︎最終話✴︎

——2025年——8月15日——


夢の中で、声がした。

目が覚める。

「おはよう」

彼女だった。

今日は仕事の休日。

彼女の自慢の手作り料理

テレビがついている。

1945年 8月15日
終戦
戦時中のビデオが流れた。

「……ねえ」

「知覧、行かない?」

俺は興味がない

でも

「……いいよ」

車で片道8時間

知覧につく。

彼女はとても嬉しそうだった。

彼女の後ろを歩く。

静かな場所。

彼女の説明も耳に入ってこない。

「うん」

適当に言った。

彼女は少し怒ったような表情だった。

遺書、写真、何枚もある

——そこに
一枚の遺書。

一行だけ、目に入る。

「もし来世で会えたら」

——その瞬間。

エンジン音が聞こえた。

「空耳か」

「生きて帰れると思うか?」

なぜか頭に遮った。

その瞬間全て蘇ってきた。

「……どうしたの?」

彼女が嬉しそうに言った。

「興味でた?」

彼は優しく

「やっと見つけた」

彼女を抱きしめた。

「……愛してる」

少しの間。

....長かった

「やっと会えたね」
涙が頬を伝う

....え?

「あなたに会ったことある」

....思い出すの待ってたよ

「ちゃんと幸せだよ」

あの日書けなかった遺書の続きが今ここにある——《ルビ》