人生の意味と価値 ①

Side:琴音 蒼音 ( ことね あおと )


今何が起こった?


俺は驚愕した。


彼女は包丁を持っている大人に飛びかかったのだ。


勇気がある。


すごい。


────でも。


最期、首を絞められて死んでしまった。


救えなかった。


助けられなかった。


────支えてあげられなかった。


叫びたい。


これ以上ないって程に。


「……琉月、琉月!?起きて!起きてよぉ!」


眼鏡をかけている包丁を向けられていた女子が泣く。


知り合い、だったのだろうか。


俺が割り込めば、琉月は死ななかったかもしれない。


男の度胸を発揮して。


悔しい。


視界が滲むのを堪える。


警察、呼ばなきゃ。


琉月を殺した女性が俺に視線を向けた。


警察なんて、呼ばせない。


そう言っているように見えた。


……そ、うだよな。


逃げないといけない。


あの女性が俺を殺す前に。


足が固まって動かない。


どうすれば。


「そこのイケメン!走りなさい!逃げるのよ!莉音、行くよ!」


かけ声。


ある思考が横切った。


運動会の、クラスでやるかけ声。


力が、漲る。


やる気が、出る。


"あの" かけ声。


俺はその瞬間、走った。


光っている建物に。


ただ、ひたすら。


かけ声をした女子と泣いている女子も手を繋いで走り出した。


大丈夫だ。


大人より子どもの方が、身軽で足の速度はある。


「待てぇぇぇ!」


包丁を持って俺を追いかけてくる。


やっぱ、大人って馬鹿だな。


差別じゃないけど、男の方が足は速い。


走れメロスみたいだな。


いや、俺は追いかけられてる方だ。


追いかけてるのは、あっちだろ。


でもあの女性が今走っている意味は、不気味すぎる。


気持ち悪い。


死にそう。


追いつかれるかもしれない。


走ってて、深い深い焦燥感を感じる。


あいつは、メロスとセリヌンティウスの熱い友情と堅い絆とはかけ離れた、


────冷たい、狂気と憎悪の塊だ。


俺は背中から突き刺さる視線に、同時に恐怖を覚えたが────。


それ以上に、燃え上がる対抗心と殺意が上回った。


復讐心。


あまり人を恨んだことがなかった。


人と親しみ関わり、打ち解け合ったことがないから。


でも、なぜだろう。


琉月を殺されると、どうしようもなく俺を追いかける "あいつ" が憎々しく見える。


それほど、琉月という存在は俺にとって大きかったのかもしれない。


今日会ったばかりだけど。


来世、この世に生まれて来てほしい。


俺に会って。


────もし、俺を覚えてたなら。


お互い、築き合おう。


人生の糧となる、二人だけの絆を。


俺の人生は。


────まだここで、終わらない。


終わらせない。


終わるわけにはいかない。


俺は、信じてるから。


琉月が隣に居てくれるって。


輝かしく光る建物まで、あと一歩。


琉月、お前が愛おしいよ。


この愛は、誰にも負けないから。


この告白は、届くことがないかもしれないけれど。


必ず、会おう。


この世界で。


この世で。


────今世で。


俺は目の前にある眩しい入り口に、迷いなく飛び込んだ。