月と花のエレジア

「……っ!」

エルシアは息を呑んだ。

足元に咲く、
黒い花。

見たことがない。

なのに、
なぜか知っている気がした。

花びらは夜のように暗く、
中心だけが赤く脈打っている。

まるで──心臓みたいに。

「……黒花」

ネフィラが小さく呟く。

初めて、
彼女の表情が揺れた。

エリアスも眉を寄せる。

「何だ、それは」

するとネフィラは、
静かに笑った。

けれどその笑みは、
今までよりずっと冷たい。

「やはり」

赤紫の瞳が、
エルシアを射抜く。

「あなた、“器”なのですね」

「……器?」

意味が分からない。

だが次の瞬間。

ズキンッ!!

激しい痛みが、
エルシアの胸を貫いた。

「っぁ……!」

視界が歪む。

頭の中へ、
知らない景色が流れ込んできた。

黒い空。

燃える花畑。

誰かの泣き声。

そして──

白い少女。

『どうして、
またあなたなの』

声が聞こえる。

その少女は、
エルシアと同じ顔をしていた。

「……え……」

エルシアの瞳が震える。

すると突然、
誰かが彼女を抱き寄せた。

「見るな」

エリアスだった。

月光の魔力が、
優しくエルシアを包む。

苦しさが少し和らぐ。

「……エリアス、様……」

「大丈夫だ」

その声は低く、
落ち着いていた。

けれど、
彼の腕は少しだけ強張っている。

ネフィラはその様子を見て、
小さく息を吐いた。

「知らないのですね」

「何をだ」

エリアスが睨む。

するとネフィラは、
静かに黒花へ触れた。

「昔、
世界を滅ぼしかけた“花姫”がいた」

庭園の空気が凍る。

「その花は、
死と再生を繰り返す呪い」

エルシアの呼吸が止まる。

「選ばれた器に宿り、
やがて世界を侵食する」

「戯言を──」

レオニスが剣を向ける。

しかしネフィラは笑うだけだった。

「では聞きますが」

彼女の視線が、
エルシアへ向く。

「なぜその姫は、
月光でしか安定しないのでしょう?」

エリアスの瞳が揺れた。

ネフィラは続ける。

「花は夜に咲く」

黒い蝶が舞う。

「そして月は、
呪いを抑える鍵」

静かな声。

なのに、
恐ろしいほど真実味があった。

エルシアの胸が苦しくなる。

するとその時。

「ネフィラ」

低い声が響いた。

全員が振り返る。

庭園の入口。

そこに立っていたのは、
灰紫の髪の青年。

アシュレイだった。

彼は困ったように笑う。

「勝手に来ないでって言ったよね」

「兄様」

ネフィラが目を細める。

その空気は、
兄妹というより敵同士に近かった。

アシュレイはエルシアを見る。

そして、
黒花を見た瞬間。

その笑みが、
初めて消えた。

「……そんな」

金色の瞳が揺れる。

「もう、
咲き始めてるのか」