月と花のエレジア

「あなたを殺しに来ました」

その言葉が、
静かな庭園に落ちた瞬間。

シエルが反射的にエルシアの前へ出る。

「姉上に近づくな!」

怒った声。

けれどネフィラは、
ただ面白そうに目を細めただけだった。

「……可愛い弟君」

次の瞬間。

黒い魔力が、
花畑を覆う。

白薔薇が一斉に黒く染まった。

「っ……!」

エルシアの胸が苦しくなる。

息ができない。

花魔法が侵食されている。

「姫様!」

ノアが即座に結界を張る。

レオニスも剣を抜いた。

「エクリシアの姫か」

低い声。

「フィオレリア王国で何をしている」

ネフィラは微笑む。

「決まっているでしょう?」

黒いドレスの裾が揺れる。

「世界を蝕む災厄を、
排除しに来たのです」

その視線が、
エルシアへ向けられる。

冷たい。

まるで人ではなく、
危険な何かを見る目。

「あなたは存在してはいけない」

「……どういう意味ですか」

震える声で、
エルシアが問う。

するとネフィラは、
静かに口元を歪めた。

「その花魔法は、
世界の均衡を崩す」

黒い蝶が舞う。

「だから兄様は甘いのです」

兄様──

つまり、
アシュレイのこと。

ネフィラの瞳に、
わずかな苛立ちが滲む。

「救う?
共存?」

彼女は小さく笑った。

「愚かしい」

その瞬間。

黒い魔法陣が、
庭園いっぱいに広がった。

「危ない!!」

レオニスが叫ぶ。

次の瞬間、
黒い荊が地面から噴き出した。

白薔薇を裂きながら、
一直線にエルシアへ向かう。

「姉上!!」

シエルが駆け出す。

しかし──間に合わない。

そう思った瞬間だった。

青白い月光が、
夜を裂いた。

──ザンッ!!

黒い荊が一瞬で断ち切られる。

風が吹き抜ける。

月光の中に立っていたのは、
白銀の王子。

「……随分好き勝手してくれる」

エリアスだった。

その背後には、
剣を構えたレオルの姿もある。

ネフィラは少しだけ目を見開いた。

「月光の君」

「彼女から離れろ」

静かな声。

だが、
その瞳には明確な怒りがあった。

ネフィラは数秒黙った後、
ふっと笑う。

「なるほど」

赤紫の瞳が細められる。

「兄様が気に入るわけですね」

その瞬間。

エリアスの周囲に、
月光の魔法陣が浮かび上がった。

空気が震える。

ネフィラの黒い魔力と、
エリアスの月光。

二つの力がぶつかり合い、
庭園の花々が激しく揺れた。

その中で、
エルシアだけが動けなかった。

胸が苦しい。

花魔法が暴れている。

そして頭の奥で、
誰かの声が響いた。

『──逃げて』

エルシアの瞳が揺れる。

その瞬間。

彼女の足元に、
見たこともない“黒い花”が咲いた。