月と花のエレジア

翌朝。

フィオレリア王城は、
昨夜の騒動で慌ただしくなっていた。

「エクリシアの王子が侵入しただと!?」
「警備は何をしていた!」

貴族たちの怒号が飛び交う。

しかし、
エルシアの部屋だけは静かだった。

窓辺に座る彼女の髪を、
朝日が淡く照らしている。

「……眠れませんでしたか」

ノアが紅茶を差し出す。

エルシアは小さく微笑んだ。

「少しだけ」

けれど本当は、
頭から離れなかった。

──君はいずれ、
月光だけじゃ生きられなくなる。

アシュレイの言葉。

そして、
花に埋もれる悪夢。

「姫様」

ノアが静かに口を開く。

「エクリシアの言葉を、
あまり信じてはいけません」

「……でも」

エルシアは俯く。

「もし本当だったら」

ノアは答えなかった。

その沈黙が、
逆に苦しかった。

その時。

コンコン、と扉が鳴る。

「姉上、入るよ!」

飛び込んできたのはシエルだった。

その後ろには、
険しい顔のレオニスもいる。

「体調は!?」

「大丈夫よ、シエル」

「全然大丈夫そうに見えない!」

シエルは半泣きだった。

レオニスはそんな弟を押さえながら、
エルシアを見る。

「……昨夜の件だが」

低い声。

「エクリシア帝国が動き始めている」

空気が重くなる。

「国境付近でも、
不審な魔力反応が確認された」

ノアの表情が険しくなる。

「まさか……」

レオニスは頷いた。

「近いうちに、
帝国から正式な使者が来るだろう」

その時だった。

──ゾワッ。

突然、
部屋の温度が下がる。

窓の外。

花畑の中央に、
黒い影が立っていた。

長い漆黒の髪。

赤紫の瞳。

黒いドレス。

まるで夜そのものみたいな少女。

「……っ!」

エルシアの花が一斉に揺れる。

シエルが息を呑んだ。

「あれ……誰?」

少女は静かに微笑む。

けれどその笑顔は、
恐ろしいほど冷たかった。

「初めまして、花冠の姫」

風が吹く。

白い花びらが舞い上がる。

その中で、
少女だけが黒く染まって見えた。

「私はネフィラ・エクリシア」

赤紫の瞳が細められる。

「あなたを殺しに来ました」